私のボランティア活動は現在進行形

JICAシニア海外ボランティア
山崎 允(やまざき まこと)

派遣国:ザンビア共和国
活動期間:2002年10月〜2005年4月(愛知万博出展プロジェクト担当のため半年間延長)
要請課題:外貨獲得を目的とする観光客誘致促進策を調査、企画提案、旅行実施


定年を半年後に控えた私に“電撃が走った”バス内の広告は「JICAシニア海外ボランティア募集!」の見出しで、観光促進を課題とするものであった。バスを途中で降り、最寄りのJICAへ駆け込み応募用紙セットをもらう。「絶対PASSするんだ!」という高ぶる気持ちで自己PRを記入していた自分を今でも思い起こすことが出来る。

大学卒業後、日本に外国人観光客を迎え入れる「インバウンド」業界に携わり、1964年に東京オリンピックを、1970年に大阪万国博覧会というエポックメーキングな出来事に恵まれ「外貨獲得」の業務を経験した。
その後、日本人観光客を海外の、特に秘境地に案内する「アウトバウンド」業界に携わったことが要請されている課題に生きてくることを強調したものであった。

「Pass」したという知らせが届き、派遣先ザンビア共和国のガイドブックや、地図を探したが日本語版がなく、英語版で事前準備をした。
1987年ごろ添乗員として訪れたヴィクトリア・フォールズの滝はジンバブエに属するものと思っていたが文献により、1700メートルのうち1200メートルがザンビアに、わずか500メートルがジンバブエに属するものであることを知り、私のそれまでの認識の間違いを正すことになった。

任期中の一時帰国では、いつも東京大使館に立寄りJICA宛作成したレポート・コピーを大使と観光担当書記官に渡しザンビアの国名、ヴィクトリアの滝を日本国民に知ってもらえるよう広報に力を入れてもらうよう要請した。

任期を終えた2005年4月には名古屋で開催されている愛知万博に直行し、9月閉会までザンビア共和国パビリオンで押しかけのボランティア活動をした。そこには、任期中に提案しておいたヴィクトリア・フォールズの模型が展示されており、その模型をバックに記念写真を撮ってあげる作戦を試みた。写真のアングルの中には「ヴィクトリア・フォールズ ザンビア共和国」の表示を入れておいたのでこちらの思惑が通じたのではと思った。

【画像】万博後はザンビア本国から来日する観光促進関係の役人、ロッジ所有者達を東京、名古屋、大阪の大手旅行会社に同行・営業訪問を繰り返した。
2011年6月日本からザンビアへの往復航空券が送られて来て「観光大使(終身)」任命式に招待された。5人のうち私のみが外国人で、残り4人は外国で活躍しているザンビア人であった。

「観光大使」タイトルの名刺を持つことが許され、メールの署名には「Tourism Ambassador Republic of Zambia」使用するようになった。東京では母宅に、大阪では神戸の自宅からと拠点を定め交通費等一切自前で賄った。幸いにも、2014年3月まで定年前に勤めていた観光業の専門学校で教鞭をとらせていただいた収入の一部を充当することが出来た。

【画像】2014年4月広島県北部に転居後、小学校、中学校、市役所支所等で「ザンビア共和国とJICAの役割」について紹介させてもらっている。
生徒達や市民の方達へ「ザンビア共和国」の紹介、開発途上国へ貢献する日本の役割を実践するのが海外青年協力隊とシニア海外ボランティアであることを紹介し、将来応募してもらうために必要となる英語に力を入れて欲しいと主張してプレゼンテーションを締めくくる。

【画像】派遣期間2年の活動歴は英語文法的には「過去完了形」であり、2005年4月任期満了後今日まで持続中のボランティア活動は「現在進行形」であります。
今更ながら、バス車内で見つけたJICAの募集広告が今の私の「原点」であると感謝しております。