地方の空き家や古民家を地域資源として地域活性化を目指す

「中国地方において地方創生で活躍するJICAボランティア調査報告書より」NO.4  ■調査実施:公益社団法人 中国地方総合研究センター

【写真】中島 浩司 さん島根県大田市 建築
中島 浩司 さん

【活動の概要】

大田市に移り住み生活したいと希望する他地域の人に空き家を提供する空き家バンク活動を行政と一緒に推進。また古民家再生に取り組み、域内にある古民家を改修して住みたい域外の人に情報発信を行う。さらに域内出身者だが都会に居住し帰省できず自宅が空き家になっている人向けに、空き家管理を行う活動を行っている。

【青年海外協力隊での活動】

ガーナでの活動の様子

大学卒業後東京で建設会社に就職。実家は工務店を営んでいた。
叔母がアメリカに移住した影響で、海外移住を希望していた。JICAの前身、国際協力事業団が中南米の日系人社会の支援を目的に行っていた「海外開発青年」に参加したいと希望していた。これに参加できれば3年間の派遣後、希望により先方に移住が可能な仕組みだった。ただこの時期、希望分野での要請がなかったため、そのときに備えて海外の経験を積むことを目的に協力隊に参加。就職後2年目の1987年4月〜1989年6月までガーナの首都から北方800kmの内陸に位置する第3の都市タマレに赴任した。
公共建築専門のガーナ建設公社の支店に配属されシニアスタッフとなり、施工の仕方、工事運営の仕方などを担う職長を養成する役目を担った。工期の概念がなく、資材も届かないことがざらで、技術的な遅れもあった。工事の精度を高めることができるようマニュアルを作った。日本の物差しを押し付けることは避けようと努めたが、自分がいなくなって元に戻ることも意味のないことだというジレンマを感じることがたびたびあった。
その一方で自らの置かれた環境の中で生きようとする人々のおおらかさや、人間の生きる原点を教えられるとともに、海外で生活するすべや言葉の違いを克服できるすべを得た。

【地域での活動を始めた経緯】

帰国翌年から「海外開発青年」に参加しようと派遣前研修までこぎつけたが、事情が変わり参加を辞退した。家業の工務店を引き継ぐ必要も出てきたことから、移住をあきらめUターン就業した。希望がかなわなかったショックが大きく、また島根の田舎から抜け出せなくなるという思い込みもあったため、仕事も手に付かず2〜3年の間は元気のない状況が続いた。しかしその間は1級建築士や宅地建物取引士などの資格を取ることに関心を注いだ。
宅地建物取引士の資格取得後土地建物の取引が可能となり、建築と土地を合わせた仕事を手掛けるうちに、都会から地方への移住希望があることに気付き、域内で増えていた空き家と移住希望者とをつなぐことができれば、都会から地方へ人を呼び込むことができるのではないかと思い始めた。その後大田市が空き家バンクを始める一方、自分は島根県宅地建物取引業協会大田宅建センターのセンター長となったため、その立場から行政とも連携を進めている。

【現在の取り組みの特徴と効果】

建築作業の様子

現在連携しているのは大田市と島根県であり、大田市の定住PRサイト「どがどが」では、大田市と大田宅建センターとがタイアップし、空き家バンクに結びつけている。また島根県が運営するUIターン希望者向けの住宅相談窓口サイト「ゆーあいしまね」では、自分が大田地区の相談員になっている。空き家のマッチング活動は行政との連携で行う一方で、自社のサイト内でも進めている。
都会からは田舎に住居だけを求める退職者もあれば、空き家を利用した仕事を始めたり、域内の仕事に就いて移り住む人も出てきた。退職者には古民家に住みたいとの希望も多く、古民家改修事業も進めている。そこでは全国組織の日本民家再生協会とも連携しているほか、市内外の建築関係者と情報交換やイベントなどを行っている。
今後の取り組みでは、空き家を持ちながら帰省が困難な域内出身者に代わって空き家管理を行う事業を進めたいと考えている。それはゆくゆく販売依頼物件として任されることにもつながってくる。

【地域と世界を結ぶ視点】

人間関係づくりでは相手が難しい人かやさしい人か、どんな人柄なのかを見極める力がついた。現在の仕事では特定地域以外の人とも関わるため、どんな人と会うか分からない。初めて会った人の人柄はそのときすぐ分かるが、印象や関係性が悪いと気付くこともある。そんな人とどう接するかという対応力は協力隊の経験で培えた。基本は人対人なので外国人も日本人も一緒。また生きるか死ぬかの状況に立たされることもあったので、困難を乗り越える問題解決能力が身についおり、それが今に生きている。
今後の事業は外国人を雇って進めることがあるかもしれないが、そんなときには自分が中心になって、彼らとのコミュニケーションをとっていきたい。
協力隊OVとの連携もあり、顧客にOVがいるほか、新たに設計事務所を始めるOVが加わった折には、一緒になって顧客OVの依頼に対応することができた。そうした関連分野以外にも、今後は空き家の耕作放棄地の利用などの分野で農業関係のOVとの連携もできるかもしれない。こうした協力隊としての共通の経験を基にしたつながりは強く、貴重な財産となっている。
古民家を扱い始めたころ、県内で独自の古民家研究会を立ち上げた。そこで大田市内の古民家をフランスに移築する計画が持ちかけられ現地事前調査まで携わった。最終的にそのプロジェクトは実現できなかったが、同様に日本古民家の海外移築需要は国によってはもっとある。日本建築の繊細さが海外で評価されることが多くなっている。

【帰国後の地方定住のススメ】

協力隊だったときは華だったが、帰任後は燃え尽きたようになることもあった。しかしその後地方創生、地域活性化に興味を持ち活動をする中で、協力隊から帰ってきてからが本番だと感じる。帰国後に何をしたいかを見越し、どういうスキルを身につけておけばよいかを考えることが大切だ。
今は地方が主役であり、面白い時代なので協力隊の経験を活かせるチャンスが多い。ただ協力隊のときはよく来てくれた「お客さん」として接してくれたが、日本では関係は対等であるうえに、「本音と建前」があるので難しさがあるかもしれない。だが協力隊で培ったコミュニケーション力はそこでも活かせるだろう。地方(田舎)は、これからやるべきことであふれている。