農村地域に移住して農業を行いながらイベント活動や情報発信活動を推進

「中国地方において地方創生で活躍するJICAボランティア調査報告書より」NO.5  ■調査実施:公益社団法人 中国地方総合研究センター

【写真】田中 正之  さん鳥取県日野町 農業
田中 正之 さん

【活動の概要】

農業を主体とする地域に移住して大規模農家に就業し、米作りの仕事を本業とする傍らで、借り受けた農地で自らも米作りなど農業活動を行う。その一方で他の移住者と新たな文化的イベント活動を企画・推進し、地域に人を呼び込むほか、世界一周旅行をしてその体験をまとめて出版し、協力隊での経験と合わせて講演活動を行っている。

【青年海外協力隊での活動】

パプアニューギニアでの活動の様子

鹿児島県出水市出身で鳥取大学農学部卒。大学のとき授業の一環として乾燥地農学実習で1か月、その後現地研究機関との共同プロジェクトの研究補助員として8か月、メキシコに滞在した経験があった。だが以前から海外で仕事をして暮らしてみたかったこともあり、大学の理数系学部卒業者であれば教員免許が必要とされなかった理数科教師として協力隊に応募。大学卒業直後の2007年〜2009年、パプアニューギニアに派遣された。市域から1時間ほどの地方に赴任し、中高等学校段階の生徒を受け持った。
協力隊が初めての社会経験であり、手探り状態で進めた。日本とは感覚の違いがあり、約束がうまく伝わらないことがあった。その一方で教師・生徒・保護者の関係性にも違いがあり、保護者が前面に出ず、先生は敬われるのでやりやすい面はあった。生活環境でも停電はよくあるが電気は通じ、雨水をタンクに貯めて利用する設備もあり、食べ物も育つところだったので困ることはなかった。
コミュニケーションでは英語が通じ、人懐っこい人が多かった。また第二次大戦での日本に対するイメージを心配したが、とても親日的だったので特に苦労した思いはなかった。ただ、授業がとても多く忙しかったので、それに慣れるまでが大変だった。

【地域での活動を始めた経緯】

鳥取県に戻ることは予定していなかったが、農山村ボランティアで日野町に来たことをきっかけに、そこで農業の職を得ていた大学時代の友人が、農地や機械を譲ってもらい農家として独立することになり、一緒にやろうと誘ってきたことから日野町に住むことにした。そして町内の大規模農家に職を得るとともに、自らも農地を借りて兼業で米作りを始めた。
移住して4年目の2013年に一旦退職し、夫婦で1年間の世界一周旅行を計画し33か国を回った。帰国後日野町に戻るかどうかは決めていなかったが、元の職場から声がかかり再雇用してもらい、再び町内で活動を続けている。

【現在の取り組みの特徴と効果】

農業・イベント開催の様子

農業活動では農地の利用権を提供してくれた人が販路も譲ってくれたおかげで、自家米は農協を通さず個人売買している。また、担い手が不足する農家の依頼で援農活動も行っている。農村地域には国の橋渡しする組織などを通じてワンクッションを置くと、移住者にも農地を貸してもらえる制度的後押しがある。そこでは地域のキーマンになる人や世話をしてくれる人がいるので、そうした人たちを頼りながら進めることができる。ただ自分からやらせてもらうようがむしゃらに働き掛けるのではなく、やる気を見せながらタイミングを計る感覚が大切である。
現在、文化庁支援事業の一環で芸術家に町内に滞在してもらい作品づくりを行う「鳥取藝住祭・奥日野里山藝住祭」を、町内在住のIターン定住者とともに進めている。さらにネパール地震後のチャリティイベントを企画し、県内や近隣の岡山県内などから参加者を呼び込んでいる。
協力隊のときは本業以外の活動は忙しくてできなかったが、今は時間が自由になるので、やりたい活動ができる。そうした活動を通じて、参加した人とは新たなつながりもできるので、自分たちを知ってもらうことが大切だと考えている。

【地域と世界を結ぶ視点】

世界一周旅行中は海外農業実習や協力隊活動などで培ったスペイン語や英語の能力を活かすことができた。安宿や知人宅に滞在しながら移動したが、これまでの経験を踏まえ注意すべきことを押さえながら安全に行動することができた。そうした様々な海外体験から、現地の人々と新たな関係づくりも構築でき、ネットを通じた交流が現在でも続いている。
さらに世界一周旅行や協力隊活動での経験をもとに、周辺地域の公民館や図書館などをはじめ、鳥取市や大阪市などの他都市で講演活動を実施したほか、学校や公民館生涯学習講座の国際理解に関する出前講座を行った。そして自らの経験や地域でのイベントについて、ネットで情報発信するとともに、旅行体験をまとめた著書「さまよえる田中」(田中愛子・田中正之著、今井出版発行)を出版し、書店やネットを通じて販売している。

【帰国後の地方定住のススメ】

協力隊から戻った後は、参加したいことややりたいことがあるならやってみるべき。そこに特別なビジョンはなくても何とかなる。途上国の派遣先から帰ると日本の都会は刺激が強いと感じる反面、地方は感覚が近いので生活するには良い環境と言える。仕事も色々あり、生業を持ったとしても複数の仕事ができる。自らも農業やイベント活動のほかに、小学校のカヌー教室の講師などもしている。
田舎では移住者は何を始めても注目される。その地域の常識と多少違うことをすると色々言われるかもしれないが、周りに迷惑をかけておらず、顰蹙を買うようなことをしていない限りは気にしないでもよい。何かを行おうとするときもあせり過ぎず、周りの人に知らせ、手順を踏むようにする。それができれば地方の人は世話好きなので、そちらから声がかかるようになる。そういう点では全く知らない外国の任地に赴任するのと、地縁も血縁もない国内の田舎に行くのは似ている。
協力隊での仕事は問題があれば解決しないと進まないので、そうした環境が人を変える。田舎に来たとしても、周りとすべてを合わせなければならないと考えるのではなく、あいさつから始めて自分のペースで関係づくりをしていくようにすればうまくいく。