地域での災害医療支援活動の推進

「中国地方において地方創生で活躍するJICAボランティア調査報告書より」NO.8  ■調査実施:公益社団法人 中国地方総合研究センター

【写真】藤村 美都子 さん山口県宇部市 医療
藤村 美都子 さん

【活動の概要】

病院に看護師として勤務する傍ら、大規模災害発生時などの現場で活動する専門医療チーム「D−MAT」にメンバーとして参加。大災害を想定した訓練を中心に地域内での災害支援活動の一端を担う一方で、医療支援活動の第一人者として、院内でも災害に向けた環境づくりを模索している。

【青年海外協力隊での活動】

中国での活動の様子

高校生のとき農業でフィリピンに赴任したOVの出前講座を聞いたことをきっかけに、海外で活躍したいと思った。医療短大卒業後、病院勤務、米国留学を経て、世界的に活動する医療NGOへの参加を模索する中で海外経験を積む必要性を知り、青年海外協力隊に応募。2001年〜2003年の間、中国湖北省武漢市から車で2時間の黄石市に赴任。市内の「中心病院」で呼吸器・消化器病棟に勤務し、看護部長と一緒に「患者中心の看護」に関する技術移転を模索した。
医療制度と医療看護に対する考え方が日本と異なり、看護料が内容ごとに別請求となっていた。そのため院内でも看護師は患者にあまり手を出さず、身内が看護するのが一般的で、自らが見本を示すことしかできず、勉強会を計画しても理解者を通じた働きかけではうまくいかなかった。
院内関係者とは信頼関係を築けていたが、組織活動はトップダウンでなければ進まなかった。そこから問題解決のためには特定のものだけを変えようとするのではなく、「全体構造の中に入れ込んで変える」ように行動する必要があることを知った。そして改善したいと思うことは、指揮命令系統に載せ手順を踏んで進めていった。このやり方は世界各地の医療機関で共通であり、その後に医療組織内で活動する中で活かされている。

【地域での活動を始めた経緯】

帰任後、協力隊経験者を国連ボランティアとして送り出す枠組みで、コソボ復興暫定行政機関であるUNMIK(国際連合コソボ暫定行政ミッション)に2007年に派遣され、国連の職員を対象とする医療機関で専属看護師となった。そこでは宗教・人種・民族の違う人々に対する様々な医療を体験できた。
2008年には医療NGO「世界の医療団」から声がかかり、南スーダンの山村の診療所に看護師として派遣されが、隣国で日本人女性医師が誘拐される事件が発生。村に溶け込んだ活動をしていたため、外出禁止の医療団通達に反して行動したことから3か月で退任を強いられた。だが帰国前にパリの本部で面接を受けたとき、「今回起こったことを振り返り、それを昇華してまた戻ってきてほしい」と言われた。そして自分に何が必要かを考え、帰国後は指導力を高めるため大学で教員になった。その後さらに現場経験を積むため地元の民間総合病院で看護師となり、病院として組織した災害派遣医療チームD−MATの活動に加わった。

【現在の取り組みの特徴と効果】

D−MATの訓練の様子

東日本大震災でのD−MATの活躍を機に、勤務先の総合病院もD−MATチームを作ることとなり、海外での活動経験がある自分もメンバーに選ばれた。勤務の傍ら県域の山口D−MATのメンバーとして年2〜3回の総合訓練を消防・警察・自衛隊などとともに実施するなどの地域内活動を行っている。
現在院内でも地域でもまだD−MATの活動内容が周知されていない。また重大事故が発生し負傷者が大勢出た場合、勤務先の総合病院にも搬送されることになるが、重症患者が3人来ると設備・人員の点から救急外来が回らなくなるため、それを想定した訓練を行う必要性を院内D−MATメンバーで共通課題としている。
地域連携では、飛行機墜落時を想定した訓練を重ねる地区がD−MATブースを作ってくれた。また2015年7月には山口で、3万人が参加するボーイスカウトの世界的な集会「世界スカウトジャンボリー」が開催される。そこでは難民キャンプを想定して救護所が開設され、D−MATメンバーとして自分も医師と共に派遣される。また院内では災害派遣ナースとして登録している看護師が講師となり、災害看護研修をシリーズで行うようになり、災害対応意識が高まっている。こうした機会を捉えて災害支援の環境づくりを進め、院内にD−MATチームもう一つ組織するよう働きかけたい。

【地域と世界を結ぶ視点】

協力隊の経験で役立っていることは、自分のやりたいことと組織の意向を擦り合わせるにはトップダウンを意識して動くこと。そばにいる同僚とは情報共有化できるが、何かを進めるためには個人的なつながりではなく、メンバーの上に立つ人を通じて意向が伝わるよう仕向けなければならない。
国籍や人種が違っても医療はそんなに違わないし、医療関係者同士は共感できるものがある。コソボでの経験から医療者である自分に安心して身を委ね、身の周りから武器を外す軍人を目の当たりにして、医療者は世界どこででも人々の信頼を得られると感じた。医療者として派遣される人は自信を持って行ってほしい。

【帰国後の地方定住のススメ】

医療者は地方でも信頼される存在となれる。地域活動は必ずしもトップダウンではない。そこには必ずキーマンとなる実践者がいるので、その人の信頼を得ることができれば、行動的に動けるようになる。
専門能力はもちろん必要だが、海外で人々に受け入れてもらうためのコツと国内の地方の人に受け入れられるコツは共通であり、その基本はあいさつ。また、名前を覚えることも大切で、それによって関係づくりが円滑に進む。
帰国後もちょっとしたことはOVに頼むことができる。自分の苦手な活動分野があるとしても、OVの中には得意な人がいるので、地方に戻っても協力してもらえる仲間がいる。
これから協力隊に参加する人には、できることを増やして派遣されるようにしてほしい。自分にはできないことが多いので、行った先ではそばにいた人に相談し一緒になって考えていた。皆よいアイデアを持っており教えられることが多かった。そうした経験も帰国後には活かされる。