地域内連携で進める自然の循環を活かした農業

「中国地方において地方創生で活躍するJICAボランティア調査報告書より」NO.9  ■調査実施:公益社団法人 中国地方総合研究センター

【写真】生越 大地 さん島根県大田市 農業
生越 大地 さん

【活動の概要】

他の農家と連携して地域内で回せる農業を模索。畜産農家から出る堆肥を田に入れることで収穫を向上させる一方で、稲作によって生じる藁を牛の飼育用として畜産農家に返す仕組みを構築。地域の農家による藁回収と畜産堆肥供給のための組織を立ち上げ、組織内外の農家に堆肥を供給し、収穫向上に貢献している。

【青年海外協力隊での活動】

中国の農園関係者との様子

実家が農家だったため、最終的には農業を行うつもりだった。前職では島根県農業指導部に所属する農業普及員を3年務め、農業大学校で指導技術者としても在籍した。
30代のとき農家指導で、「まだ若いし引退まではあと40年もある」と口にすると、相手の農家から「あと40回しか作れないではないか」と返された。その言葉に今のうちにできることを経験すべきだと悟った。自分をステップアップさせ、1人でどんなことができるのかを見極めるため、また家業に戻る前にワンクッションを置いて世界の農業を見ようと、公務員を辞して青年海外協力隊に参加した。
2000年12月〜2003年5月、中国北京郊外にある日中合作のリンゴ果樹園である「中日友好観光果樹園」へ赴任。2年半に渡り樹の切り方や管理方法などの果樹指導を行う。すでに日本からの技術導入が試みられていたが軌道に乗っていなかった。仕事の仕方はトップダウンが基本であり、現場は指導員の指示に従うのみで自らは考えようとせず、下から上に意見を上げるフィードバックのシステムがなかった。指導員と現場で働く人の連携を模索し、指導員の上のトップにも働きかけをした。
中国の果樹園では日本と異なり果実が最も大切という認識があり、それを実らせる樹が大事という感覚がなかったので、幹の病気を防ぐための技術を伝えることに腐心した。
言葉の壁が大きく、ニュアンスを伝えられず上層部と意見の齟齬が生じ、受け入れてもらえないこともあったが、こうした活動の中から1人では何もできないことを学んだ。持てる技術が高くても人々とうまくコミュニケーションを取ることが重要だった。

【地域での活動を始めた経緯】

帰国後は自給自作の農業を進めたい思いを持っていた。実家には7haの農地があり、そこで農業を続けようと思っていたので、迷わずUターン就業した。
稲作を進める中で牛の堆肥を田に入れる農法を進めて収穫を上げる一方で、収穫後に出る藁を牛の飼育用として畜産農家に返していた。他にもこうしたやり方を取り入れたいとする稲作農家も出てきた。

【現在の取り組みの特徴と効果】

地域の園児との田植え

家族で種まき準備

堆肥散布の動きが次第に大きくなってきたため、域内での連携が必要となった。地元の中で回せる仕組みにするため、3軒の稲作農家が協力して藁の回収組織を立ち上げた。これにより田に堆肥を入れる農家が増えたことから、6軒の農家により堆肥散布を行う「合同会社アルバFC(ファーマーズクラブ)」を組織した。現在は組織外からの堆肥散布依頼も受け付け、地域稲作の収穫向上に貢献している。
島根県は農業の点からは輸送環境が弱いのでコストがかかる。しかしその一方で自然に満ちたところなので、この田舎であることのメリットをアピールすることによって人に来てもらうようにできる。域内は海も山の近いので、消費者向けの農業だけでなく、観光と農業を一体化させた農業観光を展開できる可能性がある。その点からは現在遊び程度の規模だが、自らも空いた土地に中国で得た知識を活かしながら、リンゴの樹を植え付けて交流の場としている。また昔ニュージーランドを回った折に自然の野山を巡るトレッキングコースが充実していることに目を引いた経験があるが、島根では自然だけでなく農村を回り農家民泊できるようなコースが作れるのではないかと考えている。

【地域と世界を結ぶ視点】

自分だけの思いを通そうとしても何も進まない。ものごとを進めていくために最も必要なのはコミュニケーションであり、色々な人の意見を取り入れながら自分の意見もぶつけることで相乗効果が表れて物事が進む。
これまでの農業は生産物を農協に出荷することが主体だったが、世界の中での日本の農業環境は変化してきているので、色々な売り方を模索しないと身動きが取れなくなる恐れがある。稲作以外の農業や観光分野、流通分野など、他の分野との連携も築いていくことで、新たな環境に対応することができる。その基礎となるのはやはり分野の垣根を越えたコミュニケーション。

【帰国後の地方定住のススメ】

協力隊に参加しようと思うならば、モチベーションを強く持ち自分がやりたいことを明確にすることが大切。それさえできていれば色々困難はあるが、行けば何とかなる。
様々な点で日本の方が特殊なところ(時間通りに進むこと、約束を守ることなど)があるので、海外では日本の感覚をまず捨てる必要がある。日本で想定していたことをはるかに超える出来事がたくさん起こるので、それを臨機応変に乗り越えることができれば面白い活動ができる。逆に向こうの感覚が染み付くので、帰国後逆カルチャーショックがある。その際にも臨機応変さが必要になる。
日本の農村地方では「地域おこし協力隊」などのコーディネートをできる人を望んでいる。協力隊員は任地でそうした経験を積んできているのでコーディネーターに向いている。
Iターンで地方に来る人にとっても、地元で受け入れてもらい人と何かをする際に必要なのはコミュニケーション。海外では考え方に裏表がないので、日本での方が難しいこともある。ただ人と接するコツは日本も海外も一緒。