『協力隊が原点だった』そう言える仕事を

【写真】橋本 優香(はしもと ゆうか)広島市国際協力推進員
橋本 優香(はしもと ゆうか)

訓練所任国研究&発表

ニカラグアの小学校にて

イベント会場でテレビ取材中

 
 
「コスタリカ!! ……えっ!? どこそれ?? 」
青年海外協力隊の合格通知、喜んだ次の瞬間そう思いました。

コスタリカは中米の小国、自然豊かで平和と教育を愛する国民性…、そう聞いて赴いた派遣国でした。
確かに、豊かな自然は身近にありましたが、平和や教育にプライドを持つ理由を日々の生活の中で見つけることはありませんでした。それに気が付いたのは、隣国ニカラグアへ旅行した時でした。当時は内戦が終わって数年、立ち寄った小さな資料館に飾られた犠牲者の写真。亡くなったのはほんの最近で、内戦が生々しい記憶として人々の胸に刻まれていることが伝わってきました。

見学させてもらった小学校では算数の授業が行われていましたが、教壇に立つ先生はグラフのメモリが正しく打てていませんでした。同期隊員によると、三角形の面積が求められない教師さえおり、その背景には内戦時代に十分な教育が受けられなかったこと、国の教育制度が整っておらず指導力のある教師が養成できないこと、そして、現職の教師でさえ路上で物売りをしなければ生活が成り立たない現状があるのだとのこと。紛争の影響が色濃く残る中米地域の現状に愕然としました。

こんな地域にあるからこそ、軍隊を廃止し、その予算を教育費に充てる決断をした自分たちの国にプライドを持っているんだ…平和な国だけで暮らしていたら、なかったであろう気づきでした。

帰国してからは、日本語教師として様々な国の学生たちと接してきました。アジアの学生の戦争観、アメリカの学生からみたキューバ、中東と一括りにされがちな国々の互いへの思いなど、世界には色々な視点があることを感じる経験でした。そして、転機となったのは中国残留孤児の支援に関わったこと。それまで主に大学生の教育に関わってきた私は、教育を受けたことがない人、文字が読めない人に初めて接しました。幼いころの基礎教育がその後の人生にどれだけ影響を与えるかを目の当たりにしたのです。彼らが教育を受けられなかった原因は戦争とその後の貧しさです。壮絶な環境を必死に生き抜いてきたにも関わらず「私は教養がないから…」「先生、バカでごめんね…」と繰り返す彼らと接するうちに、教育が受けられないことは人間の自尊心まで奪ってしまうのかな…そう考えるようになりました。

平和と教育をキーワードに仕事ができないか…、もう一度国際協力の分野に携わってみたい…、そんな思いがきっかけとなり、現在、被爆地広島の平和公園にある広島市JICAデスクに座っています。青年海外協力隊で偶然派遣されたコスタリカ。ふと気づくと、彼らが愛する「平和」と「教育」がなんとなく自分のテーマにもなっていました。「協力隊が原点だった」振り返ってそう言える仕事を、これからもしていきたいと思います。