【実施報告】「今、考えるルワンダ内戦とヒロシマ」

2017年12月1日

ヒロシマとルワンダの経験から、「伝える」を考える

【画像】「ルワンダ」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか?
コーヒー、紅茶…そしてゴリラ!
けれど、多くの人が思い浮かべるのは、1994年のルワンダ内戦かもしれません。100日間で50〜100万人の命が奪われた内戦。現在もなお、精神的・身体的に受けた傷で、多くの人が苦しんでいます。

このルワンダで2014年、ヒロシマとナガサキを伝え、ルワンダの人たちと改めて“平和”を考える「原爆復興展」が開催されました。きっかけは、「未だ傷ついているルワンダの人たちにヒロシマ・ナガサキの復興を知ってもらい、希望を持ってもらいたい」というルワンダ出身の永遠瑠マリールイズさんの言葉から。もしかすると広島には私たちの知らない、世界を元気にする力があるのではないだろうか。そんな私たちの街ヒロシマの原爆とルワンダ内戦について学び、この歴史をどう次の世代に語り継いでいくか考えるため、今回のイベントを企画しました。

碑めぐりから、はじめて知るヒロシマ

村上さんの案内による碑めぐり

まずは、ボランティアガイドの村上正晃さんによる平和記念公園内の碑めぐりです。原爆ドームからはじまり、わかりやすい説明で様々な碑を案内してくれました。動員学徒慰霊塔、爆心地から数百メートルの距離で1人だけが生きのびた建物、世界中から千羽鶴が奉納される原爆の子の像。そして、原爆供養塔。広島には原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)に名前が残されていない7万人の遺骨があります。
原爆投下直後、はじめは丁寧に遺体を焼いていた人たちも、その被害の甚大さゆえに、モノのように処理するしか出来なかったといいます。その中には家族全員が亡くなってしまったご遺骨もありました。原爆投下後の悲惨な状況の中、人間の尊厳まで失ってしまう戦争の恐ろしさ。名前を失い、生きていた証が骨だけになってしまった、そこに確かに在った命。

広島に住んでいる人でも、景色の一部として捉え、足を止めることもなかった、命を刻んだ慰霊碑。改めて私たちが知らなかったヒロシマについて学びました。

ルワンダ内戦から考える、命の尊さ、教育の必要性

永遠瑠マリールイズさん

碑めぐりの後は平和大通り沿いにある高信寺内の「Peace Culture Exchange」へ場所を移し、ルワンダについて学んでいきます。話をして頂くのは、現在福島県在住のマリールイズさん。

内戦のイメージが強いルワンダですが、「千の丘の国」と言われるほど美しい丘や美味しいコーヒーや紅茶があり、女性国会議員の割合が世界一だそうです。これまで知らなかったルワンダについて、参加者からは驚きの声があがっていました。
そして彼女が体験したルワンダ内戦の話。いつも通り「また明日ね」と別れたのに、2度と会うことは出来なかった職場の同僚。自身の家の近くにも爆弾が落ちたことで、小さな子どもを連れ、難民キャンプへ向かうことを決めたそうです。途中、離れていたご主人と奇跡的に再会できたものの、たどりついた難民キャンプでの生活は過酷で、衛生環境の悪い中、多くの人たちが赤痢にかかり、命を落としていったといいます。そんな中、偶然の出会いがきっかけで、かつて青年海外協力隊のカウンターパートとして研修を受けていた福島県へ、家族みんなで逃れることになりました。命の重みを知る彼女だからこそ、言葉ひとつひとつが、胸にひびきます。

その後、内戦後に夢を抱けなかった子どもとの出会いから、ルワンダに学校を設立しました。文字の読み書きが出来る幸せ、夢を描くことが出来るという希望。教育を通して、これからのルワンダの未来を担う人を育てたい。そんなマリールイズさんの言葉から、改めて教育の持つ無限の可能性を感じた時間でした。

ルワンダとヒロシマ ー負の歴史を語り継ぐ意味とは

パネルトークの様子

後半は、14歳のときに被爆され、自身の体験を精力的に語り継ぐ山本定男さん、ルワンダでの原爆復興展を企画した青年海外協力隊経験者の濱長真紀さんにも登壇頂き、パネルトークを行いました。

内戦の傷が癒えない母国でヒロシマ・ナガサキの事を伝えたいと考えたマリールイズさん、その一言から企画した濱長さん、そしてルワンダの人々へ自身の被爆体験を語った山本さん、それぞれにとっての「原爆復興展」について、想いを語ってもらいました。また、「なぜつらい記憶を語り続けるのか」という問いに、マリールイズさんは「帰ってこなかった兄やいとこ、友達の分まで、生き残った私はその想いを伝える義務がある」と、涙をこらえて話してくれました。また、「自分が被爆体験を話し始めたのは数年前。軽度の火傷しか負わなかった自分は、語り部としての資格はないと思ったが、自分の体験を語り継ぐことが生かされた自分の使命かもしれない、と思うようになった」と話す山本さんは、現在では世界各国でヒロシマについて語られています。

異なる立場と視点から平和を伝える3人のお話を伺い、ルワンダ、ヒロシマを通して平和を語り継ぐ意義を考えることのできた1日でした。