【広島とアフリカ】原爆展開催 平和伝える

2019年9月30日

【画像】横浜市職員
柳絵里さん
2019年8月18日(日) 中國新聞SELECT掲載

※中国新聞社の許諾を得ています

公立小学校での原爆展開催に合わせ、日本の歴史や文化を学ぶ生徒たち(2018年10月24日)

「東京」にはぴんとこなくても「広島」には聞きなじみがあるー。青年海外協力隊として2年間生活したケニアの人々と日本について話す中で、そう感じた場面が多くありました。

先輩隊員が原爆展を開催したという話が心に残っており、コミュニティー開発隊員として保健事務所に所属し地域で活動する傍ら、私も病院や学校で原爆展を開きました。

約42の部族が暮らし、それぞれ部族語を持っているケニア。共通語は公用語の英語と、日本でも「ジャンボ」というあいさつがおなじみのスワヒリ語です。

原爆展開催を前に、参加者により分かりやすく知ってもらえるよう、スワヒリ語の先生らの協力を得ながら、絵本「おりづるの旅」のスワヒリ語版を制作しました。翻訳しながら初めて知る原爆の物語に心を痛める先生の姿、当日真剣なまなざしで読み聞かせを聞く子どもたち。物語を知った後、絵本の少女に届くようにと、たくさんの人たちが折り鶴を作りました。

参加者からは「アメリカを恨んでいないことに驚いた」「現在でも苦しんでいる人がいるとは知らなかった」「これほど被害が大きいとは」と驚きの声がたくさん。ケニアの多くでは、日本でいう高校4年で第2次世界大戦について学び、原爆についても知るようですが、原爆展を見るまではその被害の甚大さや今日まで続いていることを想像さえできなかったようです。

部族同士が争った過去の大統領選。現在でも都市部ではテロが起きるなど、生と死が日本よりも身近な社会です。しかし、日本のような平和学習はまだありません。

遠く離れた島国の歴史と痛みを通して、彼らが身近な平和と重ね合わせながら生きていることを今も祈っています。


横浜市職員 柳絵里さん
やなぎ・えり
さいたま市出身。立教大卒。2009年、横浜市職員。社会福祉職に就く。17年1月から2年間、青年海外協力隊としてケニアへ。現職参加でコミュニティー開発にあたった。ことし1月に復職し、生活保護ケースワーカーとして勤務している。