【イベント報告】アフガニスタンのパスポート -ピーストーク-

2019年10月1日

ビザなし渡航できる国の数から見るアフガニスタン

アフガニスタンの文化について話すワヒドゥラーさん

 まだ夏の暑さの残る9月14日(土)、広島平和記念資料館で、第1回JICA研修員と話すHIROSHIMAピーストークが開催されました。「アフガニスタンのパスポート」と題した同イベントには、中高生を含む23名の一般市民の方が参加され、未だ紛争中であるアフガニスタンについてその実相を聞きました。ゲストスピーカーであるワヒドゥラーさんはアフガニスタン出身の大学講師で、現在は広島大学で水資源開発について研究されています。昨年度に引き続きピーストークのスピーカーとして同国について語っていただきました。
 ビザなしで渡航できる国の数ランキングが1位の日本に対して、真逆である最下位に位置するアフガニスタン。このイベントは、日本から遠く離れたこの国について、直接教えていただける大変貴重な機会となりました。

アフガニスタンってどんな国?

参加者にサフランティーを振る舞う奥様のギータさん

 「東アジアと中央アジアの間に位置し、多国籍・多文化な国です。」と始めるワヒドゥラーさん。国民の大部分がイスラム教徒であるアフガニスタンの文化について写真を用いて説明してくれました。「今日は祖国の貨幣を持ってきました。これだけ揃った状態で見られる皆さんは幸運ですよ。」とのこと。参加者は順々に、日本の紙幣や硬貨とは異なるアフガニスタンの貨幣を手に取りながら文化に触れていきました。
 文化紹介の最後はお待ちかね、アフガニスタン産のサフランティーとナッツ、ドライフルーツの試飲・試食タイムです。ワヒドゥラーさんの奥様が参加者に振る舞ってくださいました。「本場の味を体験できて嬉しいです!」「このレーズン食べやすくておいしい!」との感想に、奥様も嬉しそうな様子でした。

紛争・難民について考える

ワークショップで状況カードを見ながら一緒に考えました

ワークショップの結果を評価するワヒドゥラーさん

 アフガニスタンの現代史を話し始めるとワヒドゥラーさんの表情が一転、真剣な面持ちに変わります。「1979年のソ連侵攻から現在(2019年)まで母国では40年間も紛争が続いている。アフガニスタンの人々が戦争好きなのではない。ここまで長期化した要因をぜひ知ってほしい。」と、その口調にも力が入ります。
 政治的背景と実際の出来事について、スライドを使いながらの説明に、参加者もメモを取り、真剣に聞き入ります。その中でも会場の空気が変わったのは、自身の難民としての実体験を話し始めた瞬間でした。「私は2歳から13歳まで難民として隣国イランで過ごしました。家計を支えるため9歳から刺繍の仕事を始めたのです。」とミシンを前に座る少年時代の写真を見せてくれました。彼の紹介するエピソード一つ一つがとても生々しく、参加者の心にその当時の苦労を訴えかけるものでした。
 ワヒドゥラーさんの発表の後は「難民について考える」ワークショップを行いました。「国内の至るところで紛争が起こった」「人権がなくなった」などと書かれた「状況カード」を参加者は自身の立場で「耐えられる」状況から「耐えられない」状況へ順番に並べていきます。5つのグループに分かれて作業を開始しましたが、その中で制限時間になっても並べられていないグループがありました。その理由は「どれも耐えられない状況で順番をつけることが難しい。」とのことでした。その声を聞いたワヒドゥラーさんは「まさにその耐えられないことが次々とアフガニスタンでは起こっているんです!」と強調し、そのグループの意見に強く同意しました。普段考える機会の少ない「難民問題」についての難しいワークショップでしたが、参加者からも「アフガニスタンや難民について理解が深まった。」「何かできることはないか考えるきっかけになった。」などの感想をいただき、ワヒドゥラーさんも「日本人の難民に対する考えを知ることができて良かった。」とイベントの成果を感じて満足そうな様子でした。

平和への一歩

 未だに紛争が続くアフガニスタン、その紛争により増える難民。抱える問題は大きく、その解決は簡単には進みません。しかしながら「ひとりひとりが現実に目を向け、関心を持つことで平和の輪は少しずつ、でも確実に広がると信じています。」とワヒドゥラーさんは語ります。
 今回のイベントを通して参加者の皆様が考えたこと、感じたことやワヒドゥラーさんの「平和への願い」が、これからより多くの人へ届くことを願っています。ご参加いただき、本当にありがとうございました。