食文化を通じて知るコスタリカの歴史

2014年5月24日

日本の皆様、こんにちは。青年海外協力隊、理学療法士隊員としてコスタリカ(以下コ国)に派遣されている渡邉司です。日本は徐々に暑くなって来ている頃でしょうか?季節の変わり目で、体調を崩されぬようにお気をつけ下さい。それでは年がら年中暑いコ国から、今回は中米の料理と人種差別を中心に話しをさせて頂きます。

I.中米の料理

まず初めに紹介する料理はセビーチェ(ceviche)と言います。中南米ではよく食べられており、もともとはペルーやメキシコの料理です。魚介類をぶつ切りや薄切りにし、 柑橘類の絞り汁や調味料を入れて作ります。コ国では生の魚を食べると言うと気持ち悪がれることが多いですが、セピーチェはコスタリカ人も美味しく召し上がります。

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セビーチェ

次の料理はライス&ビーンズと呼ばれる料理です。コ国(近隣諸国も)はガジョピントと呼ばれる料理が有名です。ガジョピントは炊いたご飯に煮た小豆を混ぜて、香辛料やソースで味を整えて作ります。平たく言うと中米の赤飯です。
写真のライス&ビーンズも炊いたご飯に小豆が入っていますが、一番の違いはお米を炊く際にココナッツミルクを使用することです。主にカリブ海側の町で食べられています。ガジョピントより甘めに仕上がり、個人的にはライス&ビーンズの方が好みです。日本でも簡単に作れるので試してみてください。
しかしライス&ビーンズはジャマイカなどのカリブ海料理です。なぜコ国の一部の地域で主に食べられているのでしょうか?これを紐解くにはコ国の歴史から話さないといけません。

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ライス&ビーンズ

II.コ国の歴史と人種差別

それでは簡単にですが、コ国の歴史を説明します。

1519年:
スペインのペドラリアス総督が太平洋側の拠点としてパナマにパナマ市を建設後に中米征服を開始。
1522年:
ペドラリアス総督派遣の部下がパナマを出発して、コ国西海岸に上陸。チョルテカ系先住民から金などの贈り物を受ける。金ぴかの装飾品を付けていた先住民を見て、ペドラリアス総督の部下はなんて豊かな所だと感じました。それが理由で、"コスタ・リカ" 豊かな海岸と命名されることに。
1564年:
支配がほとんど完了し、中央盆地にカルタゴが建設される。
17世紀初頭:
スペイン人が持ち込んだ疫病なども影響し先住民人口は約1万人となる。労働力や金銀等の鉱山資源も少なかったために白人自営農民中心の社会が形成される。この頃に先住民達はスペイン支配が行き届かない辺境地へ逃亡し、労働力は次第に先住民から黒人奴隷(カリブ海諸国から)へと変わる。

以前、レポートで話した先住民達が辺境に居るのには、このような理由があったようです。

1650年:
カカオブームによって植民地経済が一時期活性化するが、その他の優良なカカオ生産値にコ国は敗れる。

近隣諸国とは違い、カカオブームが長く続かなかったことが、現代ではスペイン系住民95%といわれている民族構成を作った要因の1つと言われています。

1823年:
奴隷制度廃止を宣言。
1890年:
コ国の輸出の80%がコーヒーとなり、主な港としてリモンが発達する。鉄道建設、コーヒー栽培やバナナプランテーション等の労働力として、カリブ諸国(主にジャマイカ)から来た黒人や中国人が定住した。黒人や中国人は低地から気候のよい中央盆地に行くことは禁止されていた為、職がなくなれば隣国に行くか自国に戻るしか方法がなかった。スペイン人は 低地の蒸し暑い気候による疫病を恐れており、また魅力的な金銀鉱山も低地に少なかった為に中央盆地から離れることはなかった。

当時の人々は、「海岸低地に出かける者は勇者である。しかし2度行く者は愚者である」と言った程に気候の良い中央盆地から離れませんでした。この黒人や中国人の中央盆地への移動禁止は、なんと1947年まで続いた為、今でもリモンを中心としたカリブ海側は黒人の割合が高くなっています。このことが理由となり、コ国のカリブ海側の町はライス&ビーンズのように中央盆地とは全く異なる文化が発達しました。
1つの事実として、現在でも黒人や東洋人に対する差別的な行動や発言をする人が居るのが現状です。また隣国であるニカラグア人と間違えられることをコスタリカ人は非常に嫌います。建国からの歴史は浅い国ではありますが、だからこそコスタリカ人としての誇りを高く持っているのだと、コ国の友人は言っていました。

III.ちょっと一息

難しい話しが続いたので、中米に生息している動物を紹介します。個人的にコ国に来たら一度は"アカメアマガエル"と"ケツァール"を見てみたいと思っていました。
今回、プエルトヒメネス タマランカという町で"アカメアマガエル"に出会うことが出来ました。この町は先ほど話しに出て来たリモンに近い場所にあるので、他の町では余り見かけなかった黒人の方々が多く生活しています。またスペイン語より英語を聞くことの方が多かったです。
アカメアマガエルは、背中は緑、体側面は青色や紫色の模様、目は赤色の綺麗なカエルです。種小名は「美しい木の妖精」の意味があるそうです。ナイトツアーに参加して、ついに出会えた喜びは忘れられません。
帰国するまでにはケツァールに出会えるように時間を見つけて自然公園を巡りたいです。

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アカメアマガエル

IV.終わりに

今回は中米の食習慣とコ国の歴史、そしてアカメアマガエルについて紹介させて頂きました。任国で一緒に生活をして、その国のことを深く知ろうと努力することで、その国の背景を少しずつ知ることが出来ている気がします。何故、山奥の不自由な場所にインディヘナが居るのか。なぜ首都には黒人が少ないのか。旅行では知ることが出来ない、考えることの無い疑問に出会えることも協力隊の魅力なのかな、と思います。