世界で1番暑い国でゴミ箱に託した熱い想い

2017年7月13日

後藤 徹也(2014年度4次隊・溶接)

「ゴミ箱を設置するまでは帰国できない!!」当時帰国間際の自分に毎日のように言い聞かせてきた。思い浮かべるのは自分たちの作ったゴミ箱にジブチ人がゴミを捨てている光景。全ては1人の生徒の思い付きから始まった。

私はジブチ市にあるCFPA(成年職業訓練センター)に溶接教師として配属された。当然要請内容の中には技術指導という項目があったが、予算不足により鋼材が十分に買えない、古くなった機材の更新ができないという問題があり、実習の内容は理想とかけ離れた状況だった。

この問題を打開する為、生徒と共に売れるものを製作・販売することにより、利益で物品を購入できるだけでなく、生徒の実習レベルを向上させ、微々たるものだが手間賃を支払う事で彼らの労働への意欲を掻き立てることができるのではないか、という考えに至った。しかしこのジブチで何を作れば売れるのだろう?需要、生徒の技能、工作機械、鋼材等、制約のある中で何を作ればいいのか、作ることが出来るのか?これといったアイデアはなかなか生まれてこなかった。

そんなある日、5S活動の一環として作業場内で使用する為のゴミ箱を生徒と共に製作していた時、1人の生徒から「このゴミ箱をO.V.D(道路管理局)に売って街中に設置すれば環境美化に繋がるし儲かるのではないか?僕はジブチの街中がゴミだらけで嫌なんだ!」という意見があった。予想だにしていない言葉だった。ジブチの街中にはゴミ箱がほとんどなく、所かまわずゴミをポイ捨てしている事が当たり前の光景を目の当たりにしていた私は、ジブチ人の環境への意識は無いのだろうと思い込んでいたからだ。実際、そう発言した生徒も数分後にはゴミをポイ捨てしていたのだが、この考えがジブチ人から出たという所に希望を感じ、私達のゴミ箱製作・販売計画はスタートしたのだった。

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すでに製作したゴミ箱を参考に、より安く、簡単に、頑丈なゴミ箱を作る為、気温45℃を超える中、毎日生徒達と試作品製作に汗を流した。そしてO.V.Dとの打ち合わせ、ゴミ箱の改良を重ねた結果、50台の注文を得ることができた。

この時点で私に残された時間は3か月を切っていたのだが、毎日数人の生徒と共に授業中や授業が終わった後、夜遅くまでゴミ箱製作に取り組んだ結果、溶接科として50台の製作を完了させることができた。とはいうものの売り物である以上、綺麗に塗装しなければならない。その為、この計画は溶接科だけのものではなく塗装に関しては、板金塗装科を巻き込んで進めていたのだが、終盤を迎えた頃、塗装ブースが故障してしまい、塗装できないという事態に陥ってしまった。苦肉の策で屋外で塗装作業を続けていたのだが、ついに私の任期終了までの完工は不可能となった。任期を延長したい気持ちが強かったが現職参加という事もあり、無念の気持ちを抱きながら3月末に帰国の途に就いた。

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彼らだけで設置までできるのだろうか?そんな事を思いながら日本で過ごしていた2017年5月中旬、ジブチの後輩ボランティアから一通の電子メールと共に一枚の写真が送付されてきた。その写真にはジブチの街中に設置された我々の作ったゴミ箱とそこに一杯に入ったゴミの姿があった。念願であるゴミ箱設置、その日1人で、しかしジブチの生徒や友人のことを思いながら祝杯をあげた。

近い将来、私はこのゴミ箱にゴミを捨てるためにジブチの街中を歩いているだろう。