難民が見せてくれた『幸せのあり方』

2018年12月10日

森 勇樹(2016年度3次隊・青少年活動)

私は2017年から2019年にかけての約二年間、このジブチ共和国で「難民支援」と言われる活動の一端に従事させて頂きました。
この国を囲むソマリア、エチオピア、エリトリア、イエメンはいずれも難民が発生する問題を抱えた国家で、ジブチは大変小さいながらも、そんな人々を受け入れるホスト・コミュニティの役を担っている国家です。私は主に、難民ゆえに生じる国籍の問題や、経済的な問題から、教育機会を逃している首都難民の子供たちに対して、簡単な読み書きや、情操教育の提供を中心とした活動を行ってきました。

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初めて難民の子供たちの家を訪ねた日。
初めて子供たちが私たちの教室に来た日。
「どんな大変な境遇から来た子たちなのだろう」「デリケートな問題を抱えているかもしれないことを念頭に置かねば」などと色々と考えていた私を思い出します。実際には、子供たちは果てしなくやんちゃで、明るく、笑顔で、常に私一人ではとても受け止めきれないくらいのエネルギーをもって、ぶつかってきてくれました。そして、それは大人たちも同じで、大きな声で笑って、おしゃべりして、と元気な人々であるという印象を持ちました。

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難民とは、「命からがら、戦火を逃れて第三国に辿りついた人々」。連日のシリア報道などから、そんなイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。私自身もそうでした。
確かに、そういった事実はあります。イエメンではその報道の少なさから「黙殺された戦争」と形容される内戦が今も続き、ソマリア南部も未だ抗争が絶えないと聞いています。しかし、ジブチにやって来た難民の中には、飢饉の影響を逃れてきたという人もいれば、政治的亡命者もいます。また、火急の危機からの避難というよりは、経済的により良い暮らしを求めて移住してきたという人も多くいました。今や「難民」として祖国を脱する理由は、本当に様々になっているのだと、活動を通じて実感しました。
また、明るい笑顔の裏で、厳しい暮らしを強いられていることも事実です。ジブチは60%を超えると言われる失業率に喘ぐ国で、難民の多くは就業口を見つけられずにいます。ホスト・コミュニティであるジブチ自身が未だ発展途上である故に、難民の生活改善よりも自国民の生活を優先せざるを得ないのも自明です。ジブチを経て、第三国への移住をしようと計画してこの国へやって来たものの、その足掛かりを作れず、早十年近くが経ったという難民家族にも会いました。その間にジブチで生まれた子どもたちは、祖国も親たちが夢見た第三国も見ることのないまま、ジブチで育ち、今もこの国で暮らしています。
これらの問題解決のために、ジブチには多くの国際機関からの支援団体が駐在しており、難民への支援も含め、活動を行っています。しかし、真に難民が独立した自分の人生を送るためには、支援に頼り続けるのではなく、自らの足で立つ意思を持つことが必要です。ですが、長い支援漬けの影響か、はたまたより根深い性格的なものからか、難民自身に自立の意識が薄いということも生活改善の問題に拍車をかけています。

それでも、先に述べたように、ここで出会った難民の人々を思い出すときに真っ先に出てくるのは明るい笑顔です。どうして彼らはこのような大変な暮らしの中でも、幸せそうに生きていられるのでしょうか。
自問の末、私は、難民のコミュニティであったり、家族であったり、帰る場所があることが彼らにとって心の支えになっているのではないか、と思うようになりました。そして、これはジブチの人たちにも同じことが言えるような気がしています。
決して裕福でもなければ、生活が楽なわけでもない。けれど、毎日の多くの時間を自分の大切な家族と共に過ごし、同じように苦楽を共にするコミュニティの人たちとも時には助け合い、時には喧嘩もしながら生きている。こうした社会的な紐帯は、人が強く生きていくうえで、とても大切なものの一つでしょう。これは、私たち日本人が見直すべき点なのではないかと私は思っています。
日本は物質的な苦労は比較的少なく、社会保障も受けることが出来て、経済的に恵まれている国かもしれません。しかし、人と人との関係が希薄になりつつあると言われる昨今、自殺やいじめといった、心のひずみが生むような悲しいニュースを耳にする事も少なくありません。一方でジブチは猟奇的な事件を耳にすることは日本に比べて少なく、治安も想像以上に安定していました。

決して経済的に恵まれているからといって人生が幸せであるとは限らない。逆に厳しい生活環境の中でも、拠り所があれば、幸せを感じて生きていくことはできる。そんな姿を、難民やジブチの人たちから教えてもらった2年間だったように思います。

そんな彼らの幸せを如何に尊重して、今ある開発課題と向き合うか。無関心ではいられない、かといって過度に干渉すべきではないのかもしれない。ジブチの二年間で出てきたこの思いに、まだ私の中で的確な答えは出ていません。それでも彼らの歩みに合わせて、これからもこの問題への向き合い方を考え続けていきたいと思っています。