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タジキスタンJICAチェア講義

2023年1月17日

昨年12月7日に、タジキスタンに赴いて第1回JICAチェア「日本の近代化における教育の発展」の講義をおこなった。当日は、前々日に初雪が降り内陸国特有のしびれるような寒い日だったが、タジク国立大学の大講堂に、同大学やタジク国立金融経済大学等の教員や学生、約300名が集まり熱心に聴講してくださった。

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JICAチェア講師 萱島JICA緒方貞子平和開発研究所顧問

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タジク国立大学のキャンパス

教育開発における伝統/文化/価値観の変化

講義では、日本の教育近代化の歴史を概説するビデオを上映した後、先方から要望のあった「日本の教育の近代化における伝統/文化/価値観の変化」、「女子教育の変遷」、「高等教育の国際化」の3つのテーマを取り上げて説明した。一つ目の「伝統/文化/価値観」では、日本の近代教育導入の初期段階には西欧化志向と伝統的儒教回帰の価値観の対立があったこと、その一方で和魂洋才の言葉に象徴される科学技術導入重視の態度が顕著であったことなどを紹介しつつ、150年の日本の近代教育の歴史を振り返れば、変化と不変が入り混じって新たな日本の学校文化が徐々に形作られていったことを説明した。タジク人は中央アジアで最も長い歴史を持つ民族だそうである。8世紀頃からイスラム教化し20世紀初頭にタジク自治ソビエト社会主義共和国が成立してソ連邦に組み入れられた。現在は、非常に柔軟なイスラム教徒が多いようであるが、この国の近代教育の発展の歴史において、イスラム教的な伝統や価値観が社会主義体制下でどのように変化したのかは興味深い点である。今回はタジキスタンの教育の歴史について深く知る時間はなかったが、是非、いつかきちんと学んでみたいと思った。

女子教育の変遷

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日本語を学ぶタジキスタンの女子学生

二つ目の「女子教育の歴史」については、日本の明治期と戦後期の女子教育の変遷を示して、女子教育は教育政策、社会における女性の役割認識、女性の労働市場への進出などと関係しながら発展したことを説明した。例えば、女子中等教育は明治後半に急速に拡大するが良妻賢母育成を目的としたものであったし、女子の高等教育は戦後になってようやく普及し始めるが、女子短大の人気が高かった。4年制大学への女子進学者数が短大への女子進学者数を超えるのは、女性労働率のM字カーブが改善される90年代中頃になってからである。会場にはタジキスタンの女子学生も多く参加しており、日本の女子大学の様子などに質問が集まった。タジキスタンの高等教育就学率は、2000年時点で男性25%に対し女性11%と男女間で大きな開きがあったが、その後女性の大学進学が増加し、最新の2017年のデータでは男性35%、女性27%とその差は縮まりつつある。今回のタジキスタン訪問で私が驚いたことの一つは、日本語教育のクラスを訪問した時に、最近ママになったという女子学生と出会ったことだった。タジキスタンでは、在学中に結婚し出産することが珍しくないそうである(2017年のタジキスタンの女性の平均初婚年齢は21歳)。二十歳でお見合い結婚をして子どもを産み育児をしながら、楽しそうに生き生きと大学で学んでいる、そんなタジキスタンの元気な女子学生の姿を私はうれしく思った。

高等教育の国際化-留学生

3つ目に求められたテーマは「日本における高等教育の国際化」であった。私は、優秀なタジキスタンの若者に、是非日本への留学を検討してほしいとの思いから、主として日本の留学生政策、英語で行われる留学生教育、留学生受入れをつうじた日本の大学の国際化、コロナ禍で急速に普及したICTの活用などについて説明した。参加した学生からは、日本留学についての具体的な質問が次々に出され、日本に対する関心が高いことを実感した。また前列に座る教員たちからは、留学や共同研究をつうじて国際的な学術ネットワークへ参加することが重要とのコメントもあった。タジキスタンの最大の留学先国は、ロシアである。2019年のユネスコ・データによれば、タジキスタンからロシアへの留学生数は21,973人で、送り出し留学生数の80%を占めており、一方、日本への留学者はわずかに52人である。ロシア語は外国語というよりも、いわば第2国語的な位置付けで多くの国民が理解し、大学生の18%はロシア語で大学教育を受けている(2011/12年)。また、経済面でもロシアへの出稼ぎ労働者送金がタジキスタンのGDPの約1/2~1/3を占めていると聞くと、ロシアが最大の留学先国になる経済的文化的背景にも合点がいく。その一方で、中国の学術支援も大変活発であった。今回のホスト校であるタジク国立大学には、2022年6月に完成した孔子学院の立派な建物があり、入り口を入ると習近平主席とラフモン大統領がにこやかに握手を交わす巨大な絵画が飾ってあった。そこでは、20人近い中国人教員が中国語や中国文化を教え、約500人/年の短期・長期留学生を中国に送り出しているそうである(上記ユネスコの留学生データには表れない)。

グローバルな学術ネットワークへの参加

高等教育国際化が進展する現代において、今や学術の世界に国境はなくなりつつある。各国のトップの大学は世界の大学と協力と競争を重ねながら、次世代を育成し、知を生み出す時代だ。タジキスタンの複雑な歴史や地政学的な位置を考えると、ロシアや中国が重要な学術パートナーであることはよく理解できるものの、同時に英語を使って欧米や日本の大学と学術ネットワークを広げていくこともまた重要であるように思った。是非、日本とタジキスタンとの学術交流や連携を促進したいものである。

たがいの国の開発経験に学ぶ

今回のタジキスタン滞在では、JICAチェア講義や関連機関の訪問・意見交換において、タジキスタンの教員や学生と両国の教育についてさまざまな議論をする機会を得た。私にとっては、これまで知らなかった中央アジアの歴史や現状に触れることができて発見の多い旅であった。タジキスタンで私の話を聞いてくださった人々にとっても、ロシアとも中国とも西欧とも異なる日本の教育の歴史や現状が、タジキスタンの教育の未来を考えるうえで、何らかのヒントになったとすれば望外の喜びである。

萱島 信子

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満員の参加者で埋まったJICAチェア講義会場

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タジク国立大学学長から萱島研究所顧問への記念品贈呈