国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

高校の部 優秀賞

「山から考える地球環境」

奈良県立畝傍高等学校 二年
音無 知展

「ああ、やっと着いた。」今年も三時間かけて、和歌山県田辺市にある第二の家を訪れた。八年前までは曾祖母が住んでいたのだが、今は空き家になっている。この夏、山の維持から地球環境について考えた。

以前は、祖父母が先に行って私たちを迎えてくれた。庭も畑も手入れされ、薪も十分にあった。だが祖父が亡くなってからは全部自分たちでしなければならなくなった。今回、車を降りて異常に気づいた。石垣がイノシシに崩され、玄関に続く道は土で覆われてしまっている。庭を覗くと雑草が茂っている。昼前に着いたのに、一息ついたのは日が暮れ始めてからだった。水も谷まであてに行った。山水が来ていなかったのだ。出鼻をくじかれたものの、ついに山の生活の始まりである。

田辺市は森林率が八九・二%、過疎化も進んでいる。また、高齢化によって山に詳しい人が激減している。役場へ行って林業の状況を調べてみた。間伐などの施行実地に踏み切れない人が多く、十分に手入れされていないのが現状のようだ。価格低迷で関心自体が喪失している、所有林の位置・林況が分からない、境界が不明、採算が合うのか心配だ、などの理由が報告されている。

間伐がなされないのは、山にとって良くない事態だという。さらには地球環境にも悪い影響を与える。間伐をしていない山は、木が密集していて細く、薄暗いので見ただけですぐ分かる。それぞれの木に光が十分当たらないため、成長せず、根っこも弱くなる。当然山全体の二酸化炭素の吸収量も落ちてしまうというわけだ。太陽の光が地表まで届かず、下草が育たない。そのせいで生き物のすみかがなくなっていると指摘する人もいる。今、国も間伐を進めるために補助金などを出している。間伐をすることで、地球温暖化問題をはじめ生態系の破壊、根がしっかり張っていないために起こる地滑りなど様々な問題を解決できると考えられているからだ。資料には企業が山を買い始めているという事実も書いてあった。二酸化炭素を削減できる上、環境に優しいイメージを消費者に抱かせるからだ。

自然の中での生活は、普段見えていないものを見せてくれる。普段蛇口を捻れば出てくる水も、苦労してあてて来なければ使えない。谷でちゃんとホースに水が入っているか確認し、ホースの詰まっているところを順に探していく。半日ほどかかったが、水がタンクに流れ込む音を聞いたときは本当に嬉しかった。かまどに火をおこすこともそうだ。雨で湿気が多い日などは、なかなか火が安定しない。三度四度挑戦して、ようやく湯を沸かすことができた。滅多に意識しない水や火のありがたみに気づかされる。山で生活するうちに、ものを大切にし、色々なことに感謝することが自然と身に付いてくる気がする。私にとって山は、自分を成長させてくれる場なのだ。

世界規模で見れば、私の家の山などほんの微々たるものだ。しかし、世界の空は繋がっている。世界に関係がないとは断言できない。私たちの出す二酸化炭素が、太平洋の小さな島国を脅かしているように。ささやかな努力の積み重ねが世界を変え得る、私はそう信じたい。自然の美しさ、恐ろしさ、またその恵み。幼い頃から、山と川に囲まれ教えられてきた。夏休みの一週間ほどだが、一瞬一瞬が私には新鮮で、毎年強い印象を残す。私が山や川でずっと遊べるように、次の世代に引き継げるように、しっかり手入れし管理していきたい。父もそこまで山に詳しいわけではない。間伐の講習会に参加したり、地域の人と信頼関係を築いたり、よそ者で素人である私が一から始めようと思うと壁がたくさんあるだろう。でも、私は諦めない。自分たちの山は自分たちで維持していくつもりだ。それが、私が地球のためにできることだと思うから。

だが、まずは家の向かいの草刈りだ。父が鎌を持って先に行っている。川から立ちのぼるもやの中を進んでいく。「さあ、仕事仕事。」

プログラム紹介