国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

高校の部 最優秀賞 外務大臣奨励賞

「ハンカチの種」

Thomas Jefferson High School for Science and Technology 二年
藤生 愛

私は日本で生まれ、日本人に育てられている。十六年間の人生の大半をアメリカで暮らしているから少々アメリカナイズされているところもあると思うが、自分は立派な日本人だと思っている。最近、「自分は日本人であるなぁ」と痛感することがよくある。それは、学校のランチの時間に大量の紙皿、紙コップ、プラスチックの食器が捨てられるのを見て、痛みを感じるときである。この気持ちは、「もったいない」という穏やかな感情ではない。捨てられていく紙の量は半端ではなく、大型のゴミ箱が二十個くらいすぐにいっぱいになる。それも、紙とプラスチックを分けたり、食べ残しのピザや余ったコーラなどを丁寧に分別することもなく、全部一緒にどんどん一つのゴミ箱に投げ込まれていくのだ。私は、この光景を見て吐き気さえ覚える。これが毎日アメリカの多くの学校で行われているとしたら、いったいどのくらいの量になるのだろう。考えただけで頭がくらくらする。

「地球が泣いている」と言う表現は大げさではない。しかし、そう感じるのは、どうも私が日本人だかららしい。日本で暮らした時間は限られているが、私には「もったいない」という感情や、環境に優しくしようと言う気持ちが植えつけられているようだ。日本ではみんなが我慢して冷房の温度も抑えている。ゴミもちゃんと分けて捨てるし、第一、ゴミを減らそうと努力している。

アメリカに住む人が全員、日本人のようにゴミを分けたり、減らしたりしたら、環境問題が一気に解決するかと言えば、そんなことはない。そんなに甘くないことくらい解っている。でも、アメリカ人に対し「もう少し努力しようよ!」と叫びたい。要は、姿勢の問題である。私は、日本人の持つ環境に対する思いやりをアメリカに輸入したいと考えるようになった。

高校二年生の私に何ができるだろうか。友達に言っても「言っていることは解るけど、でも、ゴミを分けて捨てるのなんて面倒くさい。」と言われた。地球環境の問題を意識はしていても、そのために自分達の心地良い、便利な生活を犠牲にするつもりはないのだ。これは手ごわい。私だって便利なほうが良いと思うときがある。

そんなとき、私は学校の夏休みの宿題で「Cradle to Cradle」と言う地球環境を守るための本を読んだ。新学期が始まり、この本に関係するプロジェクトに対して二百五十ドルの補助金がもらえる校内プログラムが始まった。私はずっと考えてきたことを短い文章にまとめ、このプログラムに応募してみた。どうせダメだろうと思っていたのに、二百五十ドルは私のものとなった。でも、「これで何ができるだろうか。」と言う新たな疑問にぶつかった。何とかアメリカ人にも受け入れてもらえそうな、簡単で楽しいこと、そしてちょっと環境のことを考えてもらえるようなことはないか、考えてみた。思いついたのは、ハンカチを配ることだ。インターネットで調べてみたら、二百五十ドルで買える一番大量のハンカチは、八百枚余り。私の学校の生徒数は千七百人以上。全員に配ることは無理でも、昼休みに小さな手紙をつけて、多くの生徒に配ることはできる。友達の助けを借りて、「環境のことを考えて、トイレの後はペーパータオルじゃなくてハンカチを使ってね」と書いて生徒に配ってみた。反応は思ったより良かった。嬉しかった。「もう一枚ちょうだい、友達にあげるの。」と言った子もいた。何日か後にハンカチを使っている子も見かけた。でも、まだまだ足りないと感じている。もっと多くの人の心に日本人の「環境への優しさ」を植え続けたい。途中で枯れる芽もあるだろうが、止めたらそれでおしまいだ。今年度は生徒全員へハンカチを配りたい。私は、今その方法を模索している。

プログラム紹介