国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

高校の部 入選

海外を見て初めて理解した日本の食糧事情〜今の私に出来る事〜

北海道美幌農業高等学校 三年
藤原 楓

「食糧危機」そんな言葉が私の耳に飛び込んできたニュース特集での一場面。

農業の町、美幌で育った私にとって食は身近なもので、食糧危機とは縁遠いものを感じていました。私の町には食べ物がいっぱいあるのに何故「食糧危機」なのか?という疑問から農業高校への進学を決意しました。

農業を少しずつ理解し始めた高2の冬、美幌町高校生フィリピン海外交流の応募があり、海外の食糧事情や農業を取り巻く環境はどうなんだろう?「勉強したい!」「この目で見たい!」と思い、参加。

そして、深夜のフィリピンに到着し、初めてみる外国という世界に期待で胸を踊らせながら、町に目を向けると。目に飛び込んできたのは路上で暮らす貧しい人々。飲食店の前で手を差し伸べてくる子供達。道端に横たわり空腹で動けない親子。

私は愕然としました。私たち日本人が平和に、豊かに暮らしている海の向こうで、こんな世界があるなんて。と心をゆさぶられ、無知な自分に、恥ずかしさが湧き上がってきました。

農業高校に通い、農業を学んだ今、豊かな食生活、豊かな自然が当たり前になり、感謝の気持ちを忘れていました。

「食糧危機!」それは現実に起こっているんだ!

フィリピンではかつて、椰子の林やトウモロコシ、米が農業の主体で、その頃は食べ物に困る暮らしはありませんでした。それが今では、農地の多くがバナナ生産基地へと変えられ、主食であった食料の価格高騰、さらには、満足に食べることのできた食料でさえ、お金がなければ買えなくなってしまったのです。自給自足のゆったりとした生活が、現金収入と便利な暮らしを求めた代償として貧富の格差拡大が急激に進んでしまったのです。その原因に日本も関係していたなんて。フィリピン産バナナの85%は日本へ輸出されているのです。

私たちが豊かに暮らしている向こう側で、うえを我慢し、お金をくれと手を差し伸べている子供がいます。学校に行きたくても行けない子供達がいます。自分達が幸せだと思いませんか?

滞在中、何度もお金をくれと手を差し出され、目の前にあるこの貧困問題に何かできることはないだろうか?私一人の力ではなく、みんなの力を合わせてできることはないだろうかと考えさせれられました。

日本の食糧自給率を上げよう。農業を盛んにしよう。そんな新聞記事や報道。そして、先生方からよく聞くこの言葉の意味と重みを、私は理解しました。私たちの国の食料は他国で暮らす人々の犠牲の上になりたっているんだと。

私は、ユニバーシティフィリピン大学付属高校での交流の最後に、農業事情を教えてくれた友人のキムと約束したのです。日本に帰国したら、私ができる精一杯の活動をするね、と。

当たり前に過ごせる毎日、何不自由なく食べれる食事。恵まれた環境に感謝の気持ちを覚え帰国。

この課題に取り組むためには?と強く考えた私は、自分が農業クラブ役員であることに気がつきました。何も生産や農業に関する知識と技術の習得だけが農業クラブ活動ではない。生活の改善や文化の交流も農業クラブの大切な活動だと。

そこで私は、農業クラブ執行部にこの思いを訴え、執行部主催でフィリピンへの募金活動を実施。全校集会で、募金の目的や必要性をクラブ員へプレゼンで呼びかけました。一人でも多くの子供達が教育を受けられ、食料が行き渡るようにと思いを込めて。結果は、一週間で2万円もの募金が寄せられました。美幌農業高校のクラブ員一人一人の、ちょっとした気持ちが募金箱へと繋がり、募金が募金を呼んで、文房具や生活必需品も多く集まりました。でも、資金援助やボランティアだけでは課題解決にはなりません。だからこそ私は実行します。農業クラブ員として学ぶことができたからこそ見つかった私の目標は、日本と世界を結ぶ架け橋となり、青年海外協力隊員として農業指導に取り組むことです。

今、農業高校で私たちが学んでいることの大切さを伝えに。

プログラム紹介