国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

高校の部 入選

セカンド・チャレンジ

フェリス女学院高等学校 一年
金子 芹奈

私はベトナムへ行って、一体何をしてきたのだろうか。帰国からしばらくの間、このことばかり考えていた。

今年八月、私はベトナムへ一週間「ボランティア」に行って来た。国際ボランティアという言葉に惹かれてこの研修への参加を決意し、少しでも現地の人々の役に立とうと期待に胸を膨ませてベトナムへと旅立った。

ベトナムに、「子どもの家」というストリートチルドレンの保護施設がある。この施設での子ども達との交流、そしてボランティアワークが、今回の研修のメインイベントだった。庭で元気に遊ぶ子ども達。彼らと一緒に鬼ごっこや大縄などをして遊ぶのは、とても楽しかった。しかし、自分は彼らに何かをしてあげられただろうか。これは言うのも恥ずかしいことなのだが、私が子ども達の一人に簡単な折り紙を教えると、彼女はもっと難しい折り紙を折ってくれた。また、子ども達と一緒に日本料理を作る際も、私は彼らをリード出来ず、逆に野菜の洗い方を教えられてしまった。そればかりか、年齢の高い子たちには、私たちがいることで反って気を遣わせてしまったようだった。私はとても惨めで、悲しい気持ちになった。彼らに何もしてあげられなかった、と。

こうして悩んでいた時、私は子どもの家の創設者である小山道夫さんのブログを見た。そして、子どもの家で小山さんが話されていたことを思い出したのだ。

「子ども達に物やお金、住まいを与えるのは簡単なことだが、それだけでは彼らの人生の何一つ変えることは出来ない。」小山さんはそう言って、以前子どもの家から脱走してしまった女の子達のことを話してくれた。彼女達には食べる物も住む所も与えられていた。しかし本当に必要としていたのは親の愛だったのだと小山さんは言った。どんな時も自分のことを第一に思ってくれる親の愛があってこそ、子ども達は安心して生活が出来るのだ。実際、小山さんは本当の親のように子ども達を見守ってきた。彼らに一度や二度裏切られようとも、長く辛抱強く付き合うことで、彼らも小山さんの大きな愛に応えてくれるようになったのだ。

そして、小山さんは今、子どもの家を支える日本の組織を今後三十年間で解散し、子どもの家の運営をすべて現地の人々に任せることを目指している。「この組織は世界でも最も進んだNGOである」と小山さんは自負していた。自分の名を残すためではなく、ベトナムの子ども達のために、人生を捧げたのだ。

ここでようやく、私は気が付いた。ああ、私に足りなかったのは愛である。ベトナムで私が考えていたことは結局、子ども達のことではなく、自分自身がいかに「善い行い」をするかということだった。子ども達に何もしてあげられなかったことが悔しい、と言ったが、それは彼らに対して優越意識を持っていたということではないか。愛ではなく、優越意識を持って子ども達に接していたのかと思うと、恥ずかしくなった。同時に、国際ボランティアは、その人を愛し、その人と同じ目線で長く付き合うことで、初めて成し遂げられるものなのだということを実感した。

私は、今回のような経験をして、小山さんのこと、子どもの家のこと、そして自分の感じたことを少しでも多くの人に知ってもらいたいと強く思った。伝えることそれ自体は、確かに小さなことかも知れない。しかし、様々な分野で活躍する人々が、小山さんのような大きな愛を持てば、世界は必ず良い方向に向かうはずである。

私はベトナムへ行って、一体何をしてきたのだろうか。もうこのことに頭を悩ます必要はない。私はベトナムへ行き、多くのことを感じ、そして反省した。今、この反省を胸にもう一度国際ボランティアに挑戦したい。今度は、心からの愛を届けに。

プログラム紹介