国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

高校の部 入選

救いの第一歩

近畿大学附属東広島高等学校 一年
木曽 萌香

中学三年生の時、英語の授業を通じて「世界の貧困」について、大学の副学長の先生の講演会を聞く機会があった。どの話も今の人達にとても大切なことであったのだが、その中でも特に気になったことがある。質問時間の時である。ある生徒が先生に、

「先生にとって、今、貧しい人達のためにできることとは、何だと思いますか。」

と質問した。その時、私はその質問に対し、募金をするとかボランティア活動に協力するべきであると答えるだろうと思っていた。すると、真剣な顔つきで先生は、

「テレビや新聞、何でもいい。とにかく、今の世界の現実を『知って』ください。」

と、答えたのである。私は少し、意表を突かれた気持ちになってしまった。自分が考えていたことよりも簡単な答えだったからだ。

その後も先生は、『知る事』を強調して、講演会を終了したのだが、私の心の中では、わだかりまりがとけずにいた。

その講演会の数週間後、私はテレビでたまたま「世界の子供たち」について特集する番組を見つけた。舞台は、西アフリカのシエラレオネ共和国。世界で最も平均寿命が短いと言われている国である。その国では内戦が約十八年前に起こり、七年前に終結したそうだ。歴史の表側ではそう書かれているが、現実はもっとひどいものだった。戦後、十歳にも満たない男の子が言った言葉だった。

「僕はお母さんを目の前で腕や足を切られて殺されたんだ。」

その後も気が済まず、お母さんに性的暴行をその男の子の目の前で行ったそうだ。その時私は地獄を見た気がした。

「同じ人間同士なのに、こんなことをして許されるはずがない。」

と思いつつ、その現実を全く知らなかった自分が怖くなり、逆に自分に腹がたった。

もう一人、気になった男の子がいた。十代半ばの子で家の中で両親を殺されたのだ。そのショックで男の子は声を出せなくなってしまったのだった。日本に住んでいる私には、とても想像し難いことだが、もし自分があの男の子だったら—。そんなことを考えさせられてしまう。だが男の子は、弟の必死な呼びかけと願いが通じたのか少しずつ声を出して話そうと一歩ずつ前に進んでいた。私は、

「がんばれ。がんばれ。」

と心の中でいつのまにか応援していた。私はいつの日か男の子が、もとのように普通に話せるようになることを願っている。

この二人を見て、私はふと先生の言葉を思い出した。そして現実を『知る』ことの重要性に気づき、心の中がやっと晴れた気がした。

私はそのことに気づいた後、もっと他にもいろいろな現実を『知って』、たくさんの人にそれを『知って』ほしいと思うようになった。また、この二つの体験を通して、

「子どもたちから戦争や紛争で『未来』を簡単に奪ってほしくない。代わりに『笑顔』を与えてほしい。生きていることに喜びを感じてほしい。」

と、思うようになった。私にはまだ、これと決めた将来の夢がないが、一つ叶えてみたい願いができた。

「いろいろな世界の子どもたちと本を読んだり、絵を描いたり、お話をしたい。」

子どもたちが二度と戦争を起こしたりしないために—。そのためにも、援助をしたり参加したりする前にまず、『知って』いくことから変わっていけることがあるのではないだろうか。

プログラム紹介