国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

高校の部 審査員特別賞

誇りという宝物

学校法人福岡雙葉学園福岡雙葉高等学校 三年
薛 沙耶伽

誇りを持たない人間はいない。どんなに些細なことであってもいい。何かしらそれを持っていないと、生き続けることは多分苦しい。そして誇りを傷つけられると悲しくなる。ひどく脆くて、だからこそ大切なもの。

私は日本と中国のハーフで、でも日本語しか喋れない。しかし中国は私にとって素通りしたり適当にあしらうことのできないものだ。友達が「これだから中国人は嫌なんだよね」とか「中国人の真似〜。」などと言っているのを聞くと、笑ってみせながらも心ではいちいち傷ついている自分がいる。友達はそう深く考えて言っているわけではないと思うけれど、悪意のない言葉は潜在的なものなのでかえって怖い。私はそんなふうに母国(この表現が適切なのかは分からないが)の一つを否定的に言われるとき、家族のことを思い浮かべる。家族は私の誇りなので悪く言われると悲しくてぞっとする。

そんな私が今年の春、中国へ研修に行ってきた。そこで感じたのは、私の考えは生ぬるいものだということだった。哀れっぽく見せかけていただけだ、と気づき愕然とした。上海では沢山の高層ビルが立ち並び工事が行われている一方で、路上には物乞いや物売りの人が多くいた。なりふりかまわず、みんな生きるのに必死だった。「彼らにお金をあげてはいけない」と案内役の人に言われ、疑問を感じた。お金は持っている人が困っている人にあげればそれでいいと思っていたが、その考えは間違っていたのだと分かった。「あげる」という考え方自体がもう正しくないのだ。可哀想などと言って一時の感情で哀れんだりしてはいけない。彼らと一緒になって苦しむことができるのか、そうでなければその気持ちは野次馬にすぎない。お金を渡してボランティアをしたような気になるのは自己満足と変わりないのだと思った。しかしそうは納得したものの、私には一つ心残りがある。木の下に子どもがぽつんと二人いたのだ。五才くらいの子は片足が不自由らしく、足を引きずりながら私にナベを差し出してきた。弟のような、まだほんの赤ちゃんみたいな子を木の根元に転がして。私は彼の眼が忘れられない。それは何の感情もこもらない、貪欲ささえも見受けられないものだった。眼があったとたん思わずぎょっとして、それから心がぐしゃぐしゃになってしまった。ただ悲しいような、わけのわからない気持ちで顔をそむけずにはいられなかった。日本に帰ってきてから、もしもあのときお金を渡していたら、と何度も考えた。理屈や道徳的なこと、全てぬきにして渡していたなら? 彼らは一日でも生きるのが楽になったかもしれないし、もしかしたら大人たちに巻き上げられてしまったかもしれない。しかし、生きるだけで一生懸命なこの小さな兄弟に誇りはあるのだろうか。私はきっとある、と信じている。なぜなら彼らは存在するだけでもうそこに誇れるものがあるのだ。どんなに小さくても関係ない。親をはじめとする先祖たちが、彼らの中にちゃんといる。

私は中国で「生きる」というエネルギーを、体で直に感じることができた。生きているということそのものに意味があるのであり、その事実よりも尊いものはないと思う。

私は将来、難民や不法滞在で困っている外国の人を助ける仕事に就きたい。NPO難民支援協会事務局長の石川えりさんの言葉。「どうして日本は難民を守ってあげる視点に立てないのか。悲しさを覚えた。」その通りだと思った。理屈や法律に縛られてばかりで彼らを見捨てるのはどうだろうか。困っている人は自分と同じ人間なのだから、少しは感性的になって酌量する必要があると思う。私は彼らと自分たちの誇りについて話したい。色んな人たちの誇りをそれぞれが自分と重ね合わせて、宝物のように守ることができたら、多くの人が幸せになれるだろうと思う。

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