国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

中学の部 優秀賞

輝く地球を創るために

本巣市立真正中学校 三年
森本 清羅

この夏、何年かぶりに「アンネの日記」を開いた。新しい本かと思えるくらい、以前と読後感がまるで異なった。過酷な境遇を生きるアンネは、運命を嘆くことなく、諦めず、むしろ夢を胸に日々を隠れ家で送っていた。不安や恐怖は常に消えることなくまとわりついていただろうが、それを上回る希望や強さがアンネを包んでいた。同い年で、彼女よりもずっと恵まれた環境で、平和な時代を生きている私の日常より、はるかに輝きに満ちている…と感じた。映画も観た。インドの大都市ムンバイの、スラム街出身の青年が主人公のその映画は、インドが抱える貧困や格差、宗教、差別や犯罪などの社会問題を知ることのきっかけとなり、日本ではありえない、とその現実に驚いた。が、私の心に一番浸透してきたのは、パワフルにスラムを走り回る子ども達の瞳の輝きだった。次々と襲ってくる困難を前に全力で逃れようと知恵を働かせ、そのつどする抜け、つまり生き延びていく。彼らを取り巻く環境は本当にひどい。でも私の目に映ったのは、必死に生きようとする、生きることを楽しみに変換しているかのような、彼らのエネルギッシュな輝きだった。

私は「国際協力」という言葉の持つ意味を誤解していたことに、ふいに気付いた。貧しさや戦争など、その国の事情でつらい生活を強いられている「不幸」な人たちに、先進国の私たちが支援をする。一言でいえば、こんなイメージをどこかで持っていた。何という傲慢な上から目線だろう。自分が恥ずかしくなってくる。私は日本という裕福な国にたまたま生まれ、特別な苦労もなく十四年間生きてこられた。だが、アンネにも少年たちにも、今の私が与えられるようなものは、何ひとつない。何より彼らのような強い瞳を、私は持っていない…。精一杯生きること、生きる意味を、アンネや少年たちから授けられたのは私の方だ。国際協力とは、ただ単に優位な人が不利な人を助けるという図なんかでは、決してない。国境をまたがり、同じひとりの人間として、そこに血の通った想いがあって初めて動き出していくものなのだと分かった。お互いの国や事情を理解し合い、共により良い世界を創り上げていこうとする気持ちの中から生まれるのが、真の国際協力なのだと。

映画の最後はハッピーエンドで幕を閉じる。だが現実では、本来持つ輝く瞳を奪われてしまう子どもが、地球上には多くいるのだ。主人公の兄は、次第に悪の道へと流れて眼差しが変わっていく。そういう生き方しか選べなかった彼に悲しさを感じた。この悲しみを現実の世界で繰り返したくはない。アンネの死を過去の事として忘れ去ってはいけない。現在を生きる私たちは、未来を築く一員として行動を起こさなくては。一人一人の小さな一歩は、より良い地球へと必ずつながるはずだ。私はまず現状を正しく知ることから始めたい。私自身の眼の光もきっと変わってくるだろう。

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