国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

中学の部 最優秀賞 独立行政法人国際協力機構理事長賞

“Keep On Supporting”

立命館宇治中学校 一年
河之口 みな

私の祖母と母はJICAが支援しているような国に住んでいたことがある。曾祖父母が戦後満州から戻った後、パラグアイに移民したからだ。曾祖父母家族はジャングルを切り拓いて農園を作ったが、やせた土壌が原因で作物が実らず、その後アルゼンチンに行くことになる。そこでは園芸用の花の栽培を行っていたが、何の技術も持たない曾祖父母のところに、ある日JICAの人が来て日本の最新の技術で指導してくれたそうだ。JICAの人との交流は何十年も日本に帰ることのできない曾祖父母にとって、日本を間近に感じられる存在であり、日本のことを知る唯一の情報源でもあったという。曾祖父母の農園は、そのときの支援のお陰で三代に渡って現在でも続いている。

母の昔話は他のお母さんとはだいぶ違う。水は風車でくみ上げていたとか、出かけるときは「車に気をつけなさい」ではなく、「野牛に気をつけなさい」と注意されたとか、私には信じられない話ばかりだ。私は曾祖父母や祖母や母が暮らしていた地にはまだ行ったことがないが、家族の話を通して、日本がそんなに昔から海外に出向いて支援を行っていたことに驚いた。当時移住した日本人には大変な苦労があったと思うが、その支援の為に派遣されたJICAの人たちもまた大きな勇気と決断が必要だったことはいうまでもない。海外支援というと飢餓や難民の救済をすぐに思い浮かべてしまうが、技術や文化、教育等の指導も大切な援助であることを知った。

私はこれまで学校や家族とできるボランティア活動には積極的に参加してきたが、最近思うことは、いくらがんばっても苦しんでいる人が減らないことだ。もちろん私のしているちっぽけな活動で変わるわけがない。しかし、世界は何十年も前から飢餓や難民の為に支援を届けているはずだ。いったいどのくらいのお金があれば、飢餓や難民がなくなるのだろう。世界の力で一気に解決することは不可能なのか。中学生の私にはこういう疑問が湧いてしまう。それでもあきらめることだけは絶対にしてはいけないと思っている。たとえ小さな力であっても、支援の手を止めてはいけない。隣に困っている人がいたら、見て見ぬふりはしたくない。それは自分の住む地域のことであっても、世界のことであっても同じだ。自分が今できる最大限の方法で役に立ちたいと思う。苦しんでいる人がたくさんいるのを知りながら自分だけ幸せにはなりたくない。

私は将来自分の手で国際貢献ができるような仕事に就きたいと考えている。曾祖父母がかつてアルゼンチンで感じたように、私は現地の人々と触れ合って、いっしょに支えあいたい。今英語を一生懸命勉強しているのもその為だ。いつかこの地球から飢餓や難民がなくなる日を信じて、私は絶対にあきらめない。

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