国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト 2009年度優秀作品

中学の部 入選

祖父の夢をつないで

産山村立産山中学校 三年
片山 紗雪

私は、四才から五年間祖父母の家に住んでいた。祖父母のことが大好きで毎日たくさんの話をしていた。その中でも一番楽しかったのが、祖父の外国についての話を聞くことだった。

祖父は、“タイ”や“中国”“ヨーロッパ”などたくさんの国に行っている。私はそんな祖父の旅行話が大好きだった。

「外国にはいろんな人がおるし、いろんな食べ物もあるけん、楽しいばーい。じいちゃんはな外国の友達がいっぱいおるけん、さゆきが大きくなったら連れていこうかね。」祖父は外国の話をする時はいつもこう言っていた。

今、テレビなどで外国に関する番組や、ニュースなどをよく見かける。その中でも外国に行って、貧しい子ども達を支援し、それとともにその国の人たちとの絆が深まっていくような番組がある。そのような番組を見る度に私は(こんなことしてみたいなあ)と思う。いろんな国に行って、人と人との絆を深め、大切にする。これが祖父が語った夢につながっていくと思う。

私の住む産山村は『ヒゴタイ交流』という産山とタイとの交流をしている。祖父はこの交流の二年目に随行団でタイに行っている。そして私も中学二年時に二十周年目の派遣生として行くことができた。

先日、二十年前のヒゴタイ交流で祖父母がホストファミリーをした、ティティマという私の母と同じくらいの方が結婚をして、祖父母の家を訪ねてきた。ティティマは中学生の頃に派遣生で産山に来て、祖父母の家にホームステイをした。約二十年ぶりの再会に、祖父母や母の姉妹とうれし涙を流しながら抱き合っていた。そしてティティマは

「ワタシ、6ニンメノコ」

と言った。母は五人姉妹でティティマは年が一番少ない。私は、祖父母や母の姉妹たちのうれしそうな顔を見て、それだけ親子、姉妹のように三週間暮らしていたんだなあ…と思った。その日は遠くに住んでいる姉妹たちからも連絡があり、ティティマと旦那さんも含めて家族みんなで楽しくいろんな話をした。私はこれこそが祖父の夢だったのだろうと思った。言葉や文化の違いなど関係なく本当の家族のようになれるということが。貧しさ、豊かさではない、このような人と人とのつながり、絆が貢献ではないかとつくづく思った。

国際貢献は難しいことではない気がする。絆を深めることこそが貢献なのだと思う。だから、私も祖父の夢をつないで多くの国に行っていろんな事を学び、それとともにその国の人々とも絆を深める、そんな国際人になりたい。言葉が通じずくじけそうになったり、辛かった時も一生懸命伝えようとする気持ち、伝えたいという気持ちがあれば言葉の壁は乗り越えられるとタイの国でも学んだから。

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