平成22年度教師海外研修(ウガンダ)報告 研修内容詳細

8月4日(水)

EK317 関西発 —飛行機の中で—

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ウガンダに向かう飛行機から

どんな人たちに出会えるかな。どんな街の様子が見られるかな。どんなローカルフードが食べられるなか。わくわく・どきどき期待に胸をふくらませ、「チームウガンダ2010」8人は、エミレーツEK317便で一路ウガンダへ出発。21時間後には、待ちに待ったウガンダの地にいるのだ。

この研修を通して、目・耳・口・鼻・心での五感を働かせて、精一杯ウガンダを感じてきたい。がんばるぞ。

(文責:おたま/武内 直子)

8月5日(木)

ルコメラ小学校 【横田沙也加隊員/養護 活動先】

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横田隊員の授業風景

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高田先生からのプレゼントが手渡された

道路から緑色の制服を着た児童が遊ぶ姿がちらほら見えてきた。ルコメラ小学校だ。

この学校は1930年設立の公立小学校で、1〜2年生までは特別支援学級が設置されている。横田沙也加隊員はこの特別支援学級を担当している。クラスのほとんどの児童が聴覚に障害を持つため、横田隊員の授業は指文字や手話、視覚教材を駆使した「見てわかりやすい」授業だった。日本の指文字との共通点も多かったので、ろう学校での勤務経験を生かし、自分の名前を指文字で紹介して通じた時の喜びは英語が通じた時より嬉しかった。

横田隊員はドミトリ(寮)が夜間、真っ暗になり、こども同士が手話で会話できないことを配慮して、児童とともに作ったクラフトを販売したお金でソラーパワーの蛍光灯を設置した。これにより夜間もこども同士で手話によるコミュニケーションがとれるようになり大変感謝されていた。そのアイデアと行動力に脱帽である。

自分の勤務校(肢体不自由特別支援学校)の児童の手作りネックレスとネームカードをプレゼントし、日本の子供たちとルコメラの子どもたちの橋渡しをすることができたのは大きな収穫だった。横田隊員の「この子たちの教育は『教材』が命なのです。お金をかければいくらでも教材は買えるし作れるけど、いかにお金を使わずに良い教材を準備するかにこだわりたい」という一言に感銘を受けた。

(文責:ルパン/高田 隆二)

ンサオ小学校 【出口梨恵隊員/小学校教諭 活動先】

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児童200人の前で自己紹介

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ちゃんと音が出るかな?

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水汲み体験!この作業を毎日とは…

学校が見えると、たくさんの子どもたちが手を振って出迎えてくれました。夏休み中にもかかわらず、先生方がたくさんの子どもたちを集めてくださって、感激で胸がいっぱいになりました。

出口梨恵隊員の音楽の授業では、リズム打ちや体を使った遊び歌、ピアニカでの「きらきらぼし」演奏など、子どもたちが楽しんで活動している様子が見られました。私たち訪問者がいるため、普段よりも行儀がよく、授業がしやすいとのことでした。1クラスが70名から100名が在籍しているためで、体を動かしたりするスペースも少なく、楽器の数も十分でないので、普段の授業はなかなか大変だと思われます。

こちらで、初めてウガンダらしい昼食をいただきました。ポショ(とうもろこしの粉を水で混ぜてゆでたもの)、キャッサバ、スイートポテト、煮豆の献立でした。子どもたちの給食は、1年間に3000シル(日本円で約150円)払うと食べられるそうですが、払えない子は家に帰って食べてきたり、食べないで過ごしたりする子も多いそうです。

休み時間には、日本の子どもたちが作った名刺や折り紙を渡したり、一緒に遊んだりすることができました。キラキラした瞳と人懐っこい笑顔が印象的でした。

村の中を出口隊員に案内してもらい、自分の顔くらいの大きなジャックフルーツやマトケ(バナナ)、マンゴやコーヒーなどを見て、豊かな自然にびっくりしました。

また、井戸での水汲み体験もしました。こちらで水汲みは子どもたちの仕事の1つだそうです。ジェリ缶と呼ばれる水汲み用のポリ容器20リットルや10リットルを2つ3つと運びます。井戸までの道のりが遠い子で3〜4キロメートルを毎日往復するそうです。私は20リットル1つを持って、近くの家まで運ぶのがやっとでした。

(文責:南ちゃん/南 由希子)

8月6日(金)

ナチレベ小学校 【袖山紗季/小学校教諭 活動先】

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歓迎セレモニーに一同感動!

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JICAの研修で来日経験もあるジョン校長

この日は一日ナチレベ小学校に滞在して交流できるということ、そして現地の子どもたちを前に授業ができるということで、緊張と興奮の入り交じった気持ちでいた。みんな同じ気持ちなのか、到着までの車中はハイテンション。しかし、不安は隠せないまま小学校に到着した。

校門の前からずらっと子どもたちが両端に並び、歓迎の歌と手拍子で出迎えてくれたことに感動。その列はずっと校舎の前までつながっていた。校内の広場ではこの小学校で活動する袖山紗希隊員が私たちで出迎えてくれた。一同は車を降り、そのまま歓迎のレセプションを受けた。ここでは伝統的なダンス、子どもたちの考えた環境問題に対するポエム(寸劇)を見ることができ、これにも感動。自己紹介ではこちらの言葉に大きな声で反応が返ってくることにも感動。感動の連続がナチレベ小学校での交流のスタートとなった。

校内を見回った後、先生方の授業を参観。教室に入った瞬間、全員がすっと立ち上がり歓迎の言葉。日本にはない歓迎ぶりに感動。また、時折見せる、他の子が正解したりいい意見を言ったりしたときにも祝福の言葉(?)なのか、決まったせりふをみんなで言っていた。こうやって他を認めることを学んでいるのかなと思った。

P3(小学校3年生相当)の算数「かけ算とわり算の応用」の授業を参観。問題を変えながら、定着するまで繰り返し教えること、実際に木の棒を使ってデモンストレーションし、教師から子どもへバトンタッチしてデモンストレーションをしていくやり方はまさに日本の授業を見ているようだった。最後には演習問題で確認。日本とは違うなと感じたのは、終わった子が手を挙げてそこへ先生が行って丸をつけること、そして、丸ではなく正解にはペケ(チェックマーク)をつけていくことだった。最後のチェックをしている場面で一言。

「May I check their notes?」

これには「OK」の返事が。さっそく赤ペンを持って子どもたちの座席へ近づくと、私も、私もといった感じでノートを差し出してくる。合っている答えにはペケ(チェック)を。間違っていた答えには正しい答えを書いていくうちに、ふと気付いたことが。自分の近くの子のノートを取って、僕に渡そうとする子がいる。自分が終わればそれでおしまいではなく、周りの子の面倒まで見てあげようとする優しい姿に心打たれた。全員のノートを見てあげたかったのだが、時間がなく、別れを惜しみながら教室を後にした。

ナチレベ小学校ではプログラムが目白押しである。次はいよいよ子どもたちとの授業。前半はハイテクさん(中口先生)のI Padを使った授業。日本の子どもたちの質問を英語に訳しながら、子どもたちにアンケートを書いてもらうというもの。初めて見るIPadにきょとんとした顔をしていたが、だんだん慣れてくると質問に対して積極的に答えようとしていた。

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実践授業の様子

いよいよ自分が授業をおこなう。何度も心の中で英語をつぶやく。準備したのは、日本の子どもたちに書いてきてもらった写真付き名刺と、現地の子に書いてもらおうと思って用意したカード。日本の子の写真つき名刺を渡すと、どの子も興味津々に見ている。描いてもらう絵はテーマをしぼろうかと悩んだが、時間もないことから何でもいいから好きな絵を描いてと英語で注文。できあがったカードは、どれも個性あふれるすてきなものだった。

授業を終えるとすぐに給食へ。それぞれのクラスの代表の子が、自分たちの名前を書いたカードを持って迎えに来てくれる。何でも、ジョン校長先生が日本で受けたおもてなしを真似しているのだとか。その心遣いがとても嬉しい。P3の子たちと一緒に食べることに。しかし、なかなか「いただきます」の合図がない。誰かを待っているようだ。ようやく「いただきます」のお祈りとともに、子どもたちとの楽しいランチタイムが始まった。興味津々で見つめてくる目。ちょっとした動作にも笑いが起きる。どの子も良く食べる。常光は、あまりの量の多さにギブアップ。残った分は担任の先生が子どもたちに分けてくれていた。食べ終わったやんちゃ坊主らしき子が「Doyou know ○△□?」と聞いてくる。しかし、「○△□」の部分が何を言っているのか分からず、申し訳ない気持ちで「I don’t know」と答えるだけだった。

給食を食べてすぐ、全校生徒の前で出し物として「ラジオ体操」を披露した。重たいおなかをかかえながら、みんなの前で踊る(?)と、みんな一生懸命まねをしようと体を動かしていた。言葉でも何でも、まねをして覚えようという、素直な心がとてもすがすがしく感じられた。

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現地の先生との意見交換会

最後のプログラムは、ナチレベ小学校教員の方との意見交換会。さまざまな質問が交わされる中、一つ印象に残ったのが「どうしてもっと援助してくれないのか?」という内容の質問だった。その質問をした方は、自分たちを日本の企業か政府の人というふうに勘違いをしていたそうだが、教師の数が、校舎が、トイレなどの施設が足りない現状を訴える姿に、何もしてあげられないのかという無力感を感じずにはいられなかった。

カリキュラムや授業など、日本で学んできたことを随所に取り入れているナチレベ小学校。そんな学校に一日ずっと交流できたことの意味は本当に大きかった。こちらが与えるだけではなく、子どもたちから、教職員の方から、袖山隊員から受け取ったものはたくさんある。しかし、反対に考えさせられることも多かった。

ビジター(訪問者)としてできることの限界かもしれない。ビジターとして何が残せたのか。この訪問のために一日カリキュラムを変更して迎えてくれたことに感謝の思いでいっぱいの心の隅に、「本当の支援とは何か?」という疑問が生まれた。

(文責:ジョー/常光 史明)

8月7日(土)

地域女性トレーニング事務所 【駒井今子隊員/家政 活動先】

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地域の女性が作った民芸品の数々

「もっと大きな工場のようなところで、たくさんの女性が作業していると思っていた。」建物を前にして思った第一印象である。

ここでは主に、地域の女性たちの手によるワイン作り、クラフト作りが行なわれた。その指導をしていると語ってくれたのは駒井今子隊員。建物は二部屋あり、一方はワイン蔵のようにワインを寝かせてあるタンクでいっぱいだ。もう一つの部屋には、手作りのペーパービーズやかばん、クラフトがたくさん並んでいる。地域の現状を語る様子からは、女性たちに手に職をつけてもらい、少しでも収入を得ていくための手段にしてほしいという願いが伝わってきた。

しかし、最近近くにパン工場ができたため、ほとんどの女性がそこへ働きに行ってしまったそうだ。女性支援のための施設が、今は近くの興味のある子どもたちが学校の合間に来る場所となっているようだ。

実際の生活を考えたとき、少しでも多くの収入を得ようとすることは間違いではない。生きていくためには必要なことだ。そんな現地で暮らす人々の想いも受け止め、これからも地道な活動を続けられるだろう事務所長、駒井隊員に心からエールを送りたい。

(文責:ジョー/常光 史明)

ナイル川源流 見学

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6,400キロの旅がここから始まる

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ビクトリア湖を背景に

世界一長いナイル川は、このビクトリア湖を起点としている。実際に目にしてみると、ビクトリア湖は、湖というよりも海という印象が強く、その広大さは、世界地図にも、インターネットの地図にもはっきりとその存在感を感じられる。

イギリスの植民地時代の面影を残す街を通り過ぎ、ゴルフコースの横にあるゲートから入場した。観光地という感じがし、茅葺き屋根の露店が並び、ヨーロッパ系の観光客もちらほらと見受けられた。ビクトリア湖に流れる川は、数多くあるが、流れ出る川はここだけだとのこと。このポイントから毎分80万リットルの水が、ゆったりと、3か月間の月日をかけて、地中海への旅にでる。

波止場から遊覧船に乗った。この川には、住血吸虫という小さな寄生虫がおり、体内に入ると大変な病気にかかるので、水には触れてはいけないとのことだった。遊覧船に乗るときにも、命がけである。遊覧船は、ビクトリア湖とナイル川のちょうど境目にある中州に停泊した。「TheReal Source of The Nile」の看板の前で、参加者全員で記念撮影をした。

湖面をカワセミが飛び、鵜の一種と思われる鳥が首をつっこんで魚をねらっていた。先日、食したナイルパーチの稚魚も岸付近で見ることができた。波止場に戻ってくると、黒のフォーマルと純白のウエディングドレスに身を包んだカップルがちょっとした広場で、写真撮影を行っていた。現地の人に聞くと、教会に行った帰りにここに立ち寄ったとのこと。彼らの周囲には、家族や友だちと見られる人たちが、カラフルな色の衣装に身を包み、幸せな空気に包まれていた。

(文責:ヒデ/栄 秀樹)

マビラ森林保護区 【常磐尚子隊員/環境教育、矢内翔子隊員/環境教育 活動先】

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多様な生態系が存在する森林

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サル発見!!

ナイルの源流を後にし、車はカンパラ方面(西)へ向かった。北海道の景色を見ているかのような広大な土地に、サトウキビやお茶のプランテーションが広がっていた。そこを通り過ぎると、車は、急に木々に囲まれた道路に入っていった。窓から手を出すと、ひんやりと涼しく感じられた。

マビラ森林保護区は、国家森林局(NFA)が、エコツーリズムの拠点として、また環境教育の拠点としての業務を行っている所である。

306平方キロメートルの広大な土地に312種類の木々、315種類の鳥、218種類の蝶や97種類の蛾、23種類の小動物などがいるそうだ。小一時間ほどの山歩きが始まった。生息している木々が日本と非常に似ており、何だか地元の裏山を歩いているかのように感じられ、アフリカに来ていることを忘れそうであった。しかし、木の根もとが広がった巨木やサファリアンツと呼ばれる、踏んだら集団で襲ってくるとんでもないアリを目の前にすると、アフリカの森にいることを再認識した。

印象に残ったのは、寄生樹?というのだろうか、外側から、もともと立っていた木を絞め殺すかのような形で生えている2つの木だった。苦しそうに見える内側の木がアリストニア、外側の「恩を仇で返す」木がフィカスだそうだ。その巨木を参加者9名ほどで、手をつないで囲もうと思ったが、大きすぎて、無理であった。

アフリカの森林には、未開拓なところがあり、病気に効く薬になる植物があり、科学者達が研究に訪れているとのこと。アフリカで発生したといわれるAIDSの特効薬がひょっとすると、身近なところから発見されるかもしれないと期待するのは、私だけだろうか?

今回は、ここで働く青年海外協力隊員の2名には、急な呼び出しがあったそうで、残念ながら出会うことが出来なかった。彼らがここでどんな支援活動を行っているのか、お話しが聞きたかった。

この後に、私たちの身に、背筋が凍る事件が起こってしまった!

山歩きを終え、マビラ森林保護区の駐車場で出発を待っていた時、遠くで、ドカンという音が聞こえてきた。

「爆弾?」

爆弾と思ったその音は、我々が幹線道路へ戻るときに判明した。飲料水を積んだトラックが、道路から外れ、木をなぎ倒し、谷底へ落ちていたのだ。ドカンという音は、トラックが木々にクラッシュし、なぎ倒された音だった。その事件にあちらこちらから野次馬があっという間に集まり、中には飲料水をトラックから略奪している人もいた。そんな一面を垣間見て、衝撃を受けた。

その後、我々は、とにかく、その場から逃れ、事なきを得たが、現地のJICA職員でさえも危機感を感じた出来事であった。

(文責:ヒデ/栄 秀樹)

8月8日(日)

青年海外協力隊員との意見交換

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意見交換会の様子

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大変エネルギッシュな女性4名です

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全員でハイ・チーズ

日曜の朝を迎えた。今日の意見交換は9時スタートということもあり、ゆっくり朝食を食べることが出来た。朝の日差しがとても心地よく、清々しい。

9時、ホテル2階のテラスに集まり、北陸にゆかりのある海外青年協力隊に参加する隊員のお話しを聞く。

[意見交換会に参加した協力隊員:小堀香奈隊員(22年1次隊/音楽)、袖山紗希隊員(22年1次隊/小学校教諭)、明星さやか隊員(21年3次隊/村落開発普及員)、脇坂俊光隊員(20年4次隊/PCインストラクター)、岡本裕子(21年1次隊/小学校教諭 現職参加)]

感想

途上国に行くきっかけを尋ねた際に、ある隊員は、高学生の時にいろいろな世界の国々の様子を知る機会があったらしい。その時「私はきっと行くだろうな」と感じたのだという。決意の力であろうか、導かれた運命であろうか、まだ幼さの残るその瞳の中に、決定力と行動力の熱意を秘めている。自分もこんな人間が育てられる教師になれたらと感じた。(中口)

青年海外協力隊の方々との懇談から、ウガンダは日本と比べれば物質的には貧しいかもしれないが、そこに生きる人びとの心はとっても豊かであるという思いにいたった。実際に自分の目で見て、触れて、初めて気付いたことも多い。これからの未来を創っていく子どもたちには、ぜひ世界を自分の目で見て、肌で触れて感じていってほしいと思った。大切なのは、ウガンダの現状を伝えることよりも、世界に出て見聞を広げることの大切さ楽しさを伝えていくことなのかもしれない。(常光)

8月9日(月)

ジロブエ 笹川グローバル2000【酒井樹里隊員/村落開発普及員 活動先】—土嚢による道路修理—

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移動中にタイヤがパンク…

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酒井隊員が土壌を持って説明

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赤土の道が続く

笹川グローバル2000とは、日本財団とカーターもと大統領配下の組織が共同で立ちあげた農業関係NGOであり、ウガンダには、1997年に事務所が開設された。今日は、笹川グローバルでの道路改修活動をしている酒井樹里隊員をたずねた。

赤土で車1台が余裕で通ることができるやや幅が広い平らな道に案内された。その場所は道路120メートル改修した箇所。改修する前は、粘土質で水はけの悪い土がその場所だけに広がり、大きな水たまりでき、でこぼこのあまり作物を運んだり学校に通ったりすることもできないほどだった。村人たちは、自分たちでなんとかしようとバナナの皮を埋めたり、レンガを埋めたりしたがすぐに崩れてしまう。

そこで、JICAが手伝うことになった。粘土質の土をどけて、DO-NOWと書かれた土嚢(どのう)の袋(小さい石=マラム)を埋め、いい土をかぶせて完成。土嚢は、800個埋めた。村人たちは、週に一度1日働き、くわ・スコップ・一輪車の手作業、20人ほどでのべ5日間で仕上げた。また、自分の村のことだから、自分たちでお金を集めて土を買ったそうだ。

たった120メートルを改修するだけで、人が楽に行き交うことができるようになる。道は生活を便利にかえる。その1つ1つのことがウガンダの人々の生活を支えていると思った。また、地元の人たちはJICAに前面的に頼るのではなく、自分たちでどうにかしようと試み、お金を集め自分たちの労力を使い、ボランティアの人たちと共に生活を改善する努力をしていることが心に残った。

(文責:おたま/武内直子)

セントムバガ中等学校 【吉田真理子隊員/村落開発普及員 活動先】—水の防衛隊—

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修理が終わり使えるようになった井戸

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本研修2回目の水汲み体験

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1個20kgのタンクを2個持ち運ぶ男性

カンパラ市内の小高い丘にある綺麗な学校である。生徒数400〜500人。以前、校内の井戸が故障し、使えない状態になる。200メートルほど丘を下ったところに井戸があり、そこに水汲みにいっていたという。

その井戸に行くためにポリタンクを持って学校を出る。民家や畑を通り過ぎて野道を下って行く。もちろん道は舗装されていない急な坂だ。降りて行くと、以前ンサオ小学校で見た時の汲み上げポンプ式井戸とは少し違った、新しいタイプの井戸が。実際にポンプを上下させると、わりと楽に水が出てきた。でも大変で面倒な作業には変わりはない。

こういった井戸の状況調査、改修の協力を行っているのが村落開発普及員の吉田真理子隊員。地下50メートルを掘り、そこから水を引いているのだという。

我々が水汲み体験をしている途中、20キログラムのタンクを両手に持った青年がやってきた。

我々がポンプを使っているから、下の池に水をくみにいった。一杯になったポリタンクを両手に持ち、急な坂を上がってくる。大変そうだなと思ったら、なんとまた空のタンクを持って降りてきた。水を売る商売をしている人だと聞く。

我々が上に上がって行くと、自転車にはさらにタンクが2つ。合計6個のタンクを自転者につけ、急な坂を上がったり降りたりして水を運んでいる。はっきり言って、よくこんな重いものを乗せて土の坂道を登るものだとビックリした。満タンにすれば合計約120キログラムである。

学校内の井戸ができる前に、この井戸に生徒が水汲みにくる時、女子は必ず2人以上で来させていた。一人で水汲みにいくと、林の繁みから男性に襲われる可能性があるからだ。

学校から見える近くの小高い丘には、水を貯める大きな貯水タンクがある。地下からポンプで水をくみ上げ、高い所から低い所へ水を供給するのだという。だが、そのエンジンは壊れ、長らく使っていないのだという。水道自体も整っていないのだろう。本当に開発や整備が必要とされる国である。

(文責:ハイテク/中口 健太郎)

8月10日(火)

ゴンベ病院 【高井亜紀隊員/看護師 活動先】

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5S運動を説明する高井隊員

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小児入院病棟。入院の原因の大半がマラリア

ムピジ県唯一の県立病院で、男性・女性・小児・母子入院病棟の全100床を持ち、外来として一般外来・歯科・HIV/AIDS外来を有しています。この病院には、高井亜紀隊員が看護師として派遣されています。

この病院の抱える問題でもっとも驚いたことは、院内で水道から水が出ず、職員がみんなで水汲みをして水を運ばなければならないことです。また、救急車は有料であるため、患者さんたちは急病や大怪我でもマタツ(乗り合いバス)やボタボタ(バイクタクシー)で来るとのことでした。

基本的に公立病院は無料で診察が受けられるわけですが、薬や検査キットが不足し、十分な治療が受けられないことが多いそうです。そこで当病院では、無料の診察とは別に、2,000シル(日本円で約100円)払って有料の外来診察を設けました。実際、ウガンダの平均寿命は53歳(日本は83歳)、5歳以下の死亡率は135/1,000人(日本は4/1,000人)、妊婦死亡率は550/100,000人(日本は8/100,000人)と非常に高いことに驚かされます。病院としては、少しでも質の高い医療を、と有料の外来診察を設けたそうです。

高井隊員は、病院改善の取り組みとして、5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・躾)をまず自分から率先して行っておられました。薬品棚にシールを貼って薬を整頓したり、トイレの表示や院内地図、5Sニュースという院内ニュースなどを掲示したりして、患者さんに知らせるなどの工夫がされていました。病気になる前の健康教育にも力を入れているということでした。

院長は日本での研修経験を生かし、病院を積極的に改善したいと思っておられるそうです。高井隊員の勤勉な態度や病院をよりよくしようとする意欲的な姿勢が院長をはじめ、職場のスタッフに認められていることが伝わってきました。本当にすばらしいことです。

(文責:南ちゃん/南 由希子)

赤道通過

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赤道直下。左半分北半球、右半分南半球

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GPSで調べて…ここが本当の赤道(笑)

舗装されていない砂埃だらけの道をワゴン車でひたすら南へ。白い噴煙が周辺の葉や建物に降りかかり、石でできたバナナの木や家に見えてくる。不思議な光景である。

ウガンダ事務所の佐藤調整員が用意してくださったGPSのN(北)の値がどんどん0に近づいてくる。赤道に近づいているのは確かだ。北半球と南半球を分ける緯度0度の線、赤道。地理学を専攻していた自分にとって胸が躍るポイントである。砂埃の中をしばらく走っていると、前方に何やら丸い形の物が道の両サイドに見えて来る。字をみると「EQUATOR(エクエイター)」。我々はついに赤道にたどり着いた。

赤道を普通の道路で渡れるところは世界各国を探しても少なく、観光のためのお店が道の両サイドに立ち並んでいた。早速、自動車から降り、北半球から南半球に向かって歩いてみる。現地の赤道を示す白い丸い印はGPSの値とずれているのだという。正確な赤道の位置を探すため歩き回ると、さらに10メートルほどいったところに緯度0度のポイントが。

そこで我々はジャンプをしたり、赤道に沿って手を広げて線を作ってみたりと楽しんだが、お店の人達や他の観光客からすれば、なぜ何もない砂利道でテンション高く楽しんでいるのだろうと不思議に思っただろう。とにかく、赤道を示す丸い印の場所でも記念撮影を行った。

昼食を取るため、近くのお店を回る。とにかく、砂埃と強い太陽の光で色あせた商品が店を飾る。あまり汚れは気にしないらしい。さすがに店舗の中の商品はきれいであった。

ハンバーガーとチキンバーガーを注文する。ハンバーガーはノーマルだが、チキンバーガーはチキンと野菜の千切りミックスをチャパティで包んだ物だ。緑黄色野菜が久しぶりに食べることが出来るのは嬉しい。味もすんなり食べられる美味しさだ。ただ、チキンは硬い。細く切ってはあるが、キャベツや人参の千切りサラダの中に、細く切ったスルメがたくさん混ざっている様な感じだ。

我々が食事をする場所のテーブルが大きな太鼓(ジャンベ)になっており、お皿を片付けた後は演奏で楽しんだ。ゆったりとした空気と晴天の元、昼寝がしたい位の心地良さだった。

(文責:ハイテク/中口 健太郎)

Hope Destitute Children Center 【鷲頭一希隊員/青少年活動 活動先】

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子どもと向き合って話をする参加者

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笑顔を見せる子ども達

この団体は、ストリートチルドレンや孤児、学校に通うのが困難な貧困層の子どもたちへの支援を行っているNGOである。家具作りやテーラーなどの職業教育も行う傍ら、スポーツなどの青少年活動や日本語も教えている。

ここに配属されている鷲頭一希隊員は「ストリートからここの寮での暮らしに安堵する者もいれば、逆にストリートの暮らしの刺激に魅かれて戻ってしまう者もいる。こどもたちの抱えている心の問題をケアするのが難しい」と熱く語ってくれた。施設内を見学した後、子どもたちとシャボン玉や折り紙カブト、サッカー、マジック等を通して触れ合い、和やかな時間を共有することができた。

(文責:ルパン/高田 隆二)

8月11日(水)

SESEMAT(技術協力プロジェクト「中等理数科教育強化プログラム」)

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各地域から集まった教員による理数科研修

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アフリカの切実な教育事情を説明する中島専門家

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約100人の教員を前に意見交換

ウガンダに来て初めての本格的な雨に遭遇した。スコールと呼ぶのか、バケツをひっくり返したような雨と表現できるほどの激しさだ。

SESEMATとは“Secondary Science and Mathematics Teacher’s Programme”の略である。その名の通り、ウガンダにおける中等理数科教員の資質向上をはかる目的にJICAが実施する技術協力プロジェクトで、主に現職教員の研修を実施している。

この日も、各地域から教員が集まり、5日間の研修をおこなっている最中であった。その様子を参観させてもらったが、小グループに分かれて授業案を検討する様子など、日本における教職員の研修となんら変わらない。

実施している地区の拡大や財源の確保など、着実に実績も積みあがっているが、何をもってよい授業とするのかといった日本と同じような課題に直面しているのも現状であった。取り組みの一つとして、授業を4点満点で評価する「授業評価表」を使っているが、限界も見え始めてきているとの中島基恵専門家は語る。

訪問の最後に、100名ほどの教員との質疑応答の時間があった。「良い授業をおこなうためにどんなことに気をつけているか」といった教育の本質をつく質問もあり、とても有意義な時間であった。ただ、先程の雨で中断していたため、わずかな時間しか取れなかったことが悔やまれる。もっともっと、ウガンダの教育について、日本の教育について、未来を担う子どもたちのために何ができるかといったことを語り合いたかった。

(文責:ジョー/常光 史明)

国立作物資源研究所(技術協力プロジェクト「ネリカ米振興プロジェクト」)

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様々な農の研修が行われる研究所内の敷地

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アフリカの未来を救うネリカ米

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坪井専門家が見つめる100年後とは…

ウガンダでは、主にマトケ(バナナ)やポショ(とうもろこし)、いもなどが主食として食べられていますが、米の需要もどんどん高まっています。しかし、米の生産量の倍の量を輸入に頼っており、地元で米は贅沢品となっているのが現状です。

国立作物資源研究所は、JICAの技術協力プロジェクト「ネリカ米(New Rice for Africa)振興計画」の実施機関であり、ネリカ米の普及、促進の拠点となっています。ネリカ米の利点は、生育日数が短く、100日程度で収穫できることです。そのため、工夫次第で1年に2度収穫することもできます。また、低湿地を利用した陸稲栽培ができ、バナナやとうもろこしとの混作もできます。

米作りをウガンダに広めるためには、稲の育て方だけでなく、精米の仕方など収穫後の処理を教えることも重要です。脱穀機をウガンダの人たちと手作りしたり、移動精米機を貸し出したりと、自分たちで米作りができるようバックアップもしています。また、希望する農家には1キログラムの種籾を無償で提供する代わりに、収穫したうちの2キログラムを近所や親戚に分け、米作りを広めてもらっているそうです。

このようなネリカ米の研修会を開いても実際に定着するのは10人中1人か2人だそうですが、「それでも別にかまわない、1人でも2人でも米作りをしてくれればいい。」と坪井達史専門家は言われます。それは、ウガンダの農業がすべて米作りに頼っては、天候不順などで米が全滅したときに食べるものがなくなる危険性があるからです。また、この国にもともとある食文化を壊すつもりもないそうです。

坪井専門家は、これから50年後、100年後の未来を見据え、まずは人を育てること、日本人の後継者、そしてウガンダ人の後継者を育てることに力を入れています。そして夢は、将来ウガンダの人たちが「ご飯っておいしいね。このお米の作り方は日本人が教えてくれたんだよ」と言ってくれることだそうです。この国の将来の姿を思い描く坪井専門家の顔は輝いていました。

遠くウガンダの地に頭を垂れる黄金のネリカ米を見て、まるで日本に帰ってきたような不思議な感覚でした。楽しみながら、稲を育て、人を育て、この国の農業を育てている坪井専門家の生き方に本当に感動しました。

(文責:南ちゃん/南 由希子)

8月12日(木)

EK724 エンテベ 発 —最終日・涙—

JICAウガンダ事務所で関所長との涙、涙の報告会を終え、我々は、いざ家族や生徒達の待つ日本国に帰国することになった。報告会で、Mr.ルパン(高田先生)から「本当は動物も見たかったんです(笑)」との要望に、関所長から、空港へ行く途中にエンテベ動物園に寄っていくとよいとの提案があり、みんなの総意で、最後にサバンナの動物を!とそこを訪れることにした。

我々の車の所まで、関所長も佐藤さんも見送りに来てくれた。本当にありがとうございました。

エンテベ空港に向かう途中の車窓には、今振り返れば、見慣れた風景が通り過ぎ、参加者からは、「もう少しウガンダに…」とため息混じりの言葉も聞かれた。

エンテベの動物園に立ち寄った。入場料は20,000シリングで約1000円ほどだった。動物園の配置図をみても、見学の仕方にしても、日本の動物園とはあまり差はないように感じたが、こちらの動物たちは、より大きな空間で過ごすことが出来ているかもしれないと思った。キリンを見に行く時に、ウォーターフライといわれる小さな虫の大群に出くわし、息を吸うこともままならぬまま 我々は、手で、払いのけながらその場を逃れた。

空港に到着。この滞在中、ずっと僕らの運転手をしてくれたジャクソンさんに、日本からのおみやげを渡し、みんなで記念写真を撮った。ウガンダのNo.1ドライバー、ジャクソン!ありがとう。

国際線は、3時間前にチェックインをしなければならず、つまり、空港内で暇な時間をつぶすことになるが、クラフト店、ブックストアーなど、まだおみやげを買い切れていない私には、ラッキーな時間だった。次年度の参加者の方がたには、おみやげ関係はこの空港ですべて手に入る(しかも免税)とお伝えしておきたい。(チェックイン後でスーツケースには入れられないけれど…)

ターミナルから歩いて、飛行機に乗り込む際に、入国審査の入り口がちらっと目に入ってきた。10日も前にこのゲートをくぐったが、ここで本当にそんな時間を過ごしたのか、不思議に思う。私にとって、夢のような10日間であった。

ウガンダで出会った人ありがとう!現地で頑張るJICA職員の方ありがとう!青年海外協力隊員のみなさんありがとう!ウガンダありがとう!アフリカありがとう!

(文責:ヒデ/栄 秀樹)