日本語教育にかける想いと研修を受けた成果

【画像】宮崎マルシアさん(日系研修員)

ブラジル、サンパウロ市 日伯文化連盟 日本語教師
宮崎マルシアさん(日系研修員)

日本からブラジルへと移民が渡ってからちょうど今年で100年が経ったのをご存知ですか?100周年を迎えたブラジルから、この夏、日本語教育の研修を受けるために宮崎マルシアさんが、石川県にやって来ました。語学の学習というのは誰にでも苦い経験があると思います。今では、母国語に加えてほかの言語を学習する方も珍しくないですが、ネイティブのような自然な表現に近づけるかというのは、どの学習者にとっても永遠の課題といえるのではないでしょうか。
これまで日本語を学んできて、現在、教える立場として日本語に関わっている宮崎さん。今回の研修での成果、そして日本語教育にかける思いをインタビューしました!

日本からブラジルへと移民が渡ってからちょうど今年で100年が経ったのをご存知ですか?100周年を迎えたブラジルから、この夏、日本語教育の研修を受けるために宮崎マルシアさんが、石川県にやって来ました。
語学の学習というのは誰にでも苦い経験があると思います。今では、母国語に加えて他の言語を学習する方も珍しくないですが、ネイティブのような自然な表現に近づけるかというのは、どの学習者にとっても永遠の課題といえるのではないでしょうか。
これまで日本語を学んできて、現在、教える立場として日本語に関わっている宮崎さん。今回の研修での成果、そして日本語教育にかける思いをインタビューしました!

今回の来日で目指したもの

ブラジルにおいてこれまで15年近く日本語の指導にあたってきた宮崎さん。
「普段から、生徒達が会話の文末で使う『〜ね』、『〜よ』などの終助詞の言い回しがどこかぎこちないことが気になっていました。スペイン語やポルトガル語を母国語とする人たちは、『ね』、『よ』などの終助詞の使い方が特に苦手なのです。それは母国語に似た表現がないからで、その感覚をつかむのがとっても難しいんです。」
ただ、終助詞の用法について簡単に触れた教材はありますが、詳しく説明したものがありません。

そこで今回の研修では5月から7月の約3ヶ月間にわたって、金沢大学の太田准教授のもと、学習者により分かりやすく教えるために、終助詞の使い方を取り上げた学習教材作成に取り組みました。そこで宮崎さんが最初にとりかかったのは終助詞の用法の分類です。
「ね」を1つとってみても、依頼から、勧誘、感嘆など色んな場面で使われ、用法によって7つにも分けられるそうです。
「用法の分け方には本当に苦労しました。研修は大変だったけれどそれ以上に楽しかったです!」と、笑顔で語る宮崎さん。

そして、金沢という土地柄も合っていたようです。
「金沢は緑がいっぱいで、落ち着いて生活を送ることができました。大学周辺の散策も楽しみました。」
5月から7月の青々と緑が生い茂る時期に研修を受けたのも良かったですね。

日本語を始めたきっかけ

「私は日系3世で4歳から自然と日本語を学び始めたんですが、そのうち、日本語に対して興味が薄れて、学ぶことをやめてしまいました。でもその後、高校に入ってから日本のマンガや歌に熱中したことで、再び興味を持ち始めたんです。」と宮崎さん。
一方、マンガ好きがこうじて、マンガ家の夢を抱いたこともあるそうです。もともと絵を描くのが大好きな宮崎さん。高校を卒業した後、大学での専攻はデザインを選んだそうです。ところが、目の病気にかかり、やむなくデザイン関係の仕事に就くことを諦めることとなりました。

ブラジルで、そして日本で

デザインの道が絶たれてしまった時に、もう一度日本語に携わろうと一念発起。何とそこから大学に入り直して本格的に日本語の勉強を始めたそうです。
そして、偶然にも在学中に指導にあたったのが、今回研修の受け入れ先となった金沢大学の太田准教授です。太田准教授はちょうどその頃日本語の指導のためにブラジルにいらっしゃったそうです。そして10年経った今、日本で再び指導を受けることとなりました。日本語教育にかける思いが2人を引き合わせたのでしょう。
「もう一度日本でお会いすることになるとは思ってもみませんでした。10年ぶりにお会いしましたが、相変わらず厳しかったです(笑)。」と笑顔で答える宮崎さん。
研修が始まる前に研修員が提出しなければならない研修計画書があるのですが、太田准教授の許可が下りるまでに7回も書き直したそうです。
考えに考えて作られた事前の研修計画書があったからこそ、今回の研修がさらにより良いものとなったのですね。

これが私の天職!!

以前にマンガ家の夢を持っていただけあり、絵を描くのが大好きな宮崎さん。これまで関わった日本語の教材でも何度かさし絵を担当してきたそうです。
「デザインの仕事をやむなく諦めたものの、こういった形で活かせるとは想像していませんでした。」と、宮崎さん自身も日本語に携わりながら、同時にデザインの仕事を活かすことになるとは思ってもみなかったそうです。
「もともと好きだったデザイン、そして日本語にも関わることができる今の仕事が私にとって最高の天職です。」と満面の笑みで答えてくれました。

今後の展望

「ブラジルに帰ってからは、今回の研修では時間的な制約によりできなかった他の終助詞の用法についても、取り組んでいきたいです。」と、帰国後も自主的に研究を進めていくとのこと。
また学習者がより楽しんで学べるように、終助詞の用法について、宮崎さんご自身がマンガで場面を描き、ふきだしから出る会話の語尾を、クイズ形式にした問題集を作るという夢も新たに抱いているのだそうです。
マンガと語学が結びついた教材、こんな教材があったなら、勉強も楽しみながら進めていけそうですね。

教える側の醍醐味とは?

宮崎さんは日本語教育に携わって15年の経験があるベテラン教師。
「でも、同じ授業をしても受ける生徒側は、質問などで全く違う反応を返してくるんです。だから、どれほど経験を積んだとしても、どんな反応が返ってくるかは全く予想のつかないところで、教える側にとっては、それに対していかに分かりやすく説明していくのかが醍醐味なんです。」
また、たんに教えるだけではなく、生徒のやる気を引き出すことも大事なようです。
「生徒の中には、周りの勧めで始めて、本人の学習意欲がなかなか出ないこともあるんです。」
そのような時は、宮崎さん自らご自分の経験を活かし、日本のポップミュージックを紹介するなどして、自然と日本語に対して興味を持てるように心がけているそうです。
「全く学ぶことに関心のなかった生徒が、こういった日本文化を通してだんだんと、日本語の学習に打ち込んでいく様子を見ると、何とも嬉しい気持ちになります。」
教えると同時に生徒側の学ぶ意欲を引き出しながら、日本語の指導にあたる宮崎さんは、まさにブラジルと日本の架け橋ですね。

15年ぶりに日本語と向き合って

実は日本において研修を受けるのはこれで3回目になるそうですが、今回の研修では特に充実感があったようです。
「これまで15年近く教師としての仕事に追われ、じっくりと日本語の勉強をすることができませんでした。今回の研修では3ヶ月近くにわたって、腰を据えて日本語に取り組むことができて、大満足しています。」と宮崎さん。
「日本語に対する自信もつき、また改めて日本語の楽しさを実感しました。本当に日本語っておもしろい。ブラジルに帰ってからさっそく授業が始まりますが、研修の成果を踏まえて今後の授業に活かしていくのが楽しみです。」と、早くも帰国後の授業に思いを寄せていました。
今回の研修で、改めて日本語を学び、宮崎さんご自身もさらに日本語に対する思いが強まったようです。

終わりに

100年前にブラジルへと渡っていった移民の人たち。そして今、日本語教育に携わりながら、日本とブラジルの架け橋となった宮崎さん。生徒は日系人だけではなく、ブラジル人の間でも、日本語を学ぶ人が年々増えているそうです。
これから一人でも多くの人が日本語に興味を持ち、そして、宮崎さんのようにブラジルと日本という2つの国の結びつきをさらに強いものとしていって欲しいですね。

3ヶ月近くにわたる研修お疲れさまでした。ブラジルから研修を活かした授業の実践報告とユニークな教材が届くことを心待ちにしています!

【画像】「日本語教育にかける想いと研修を受けた成果の写真」【画像】

学んだ成果を発表するマルシアさん

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JICA北陸支部長より修了証書を受け取る

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閉講式にて太田准教授と

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太田准教授、JICA北陸のスタッフと一緒に

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プレゼンテーションを終えたマルシアさん