ホンジュラスにおける地域警察:二人のキーパーソン

2022年1月17日

ホンジュラスにおける地域警察支援は2009年に本格的に開始

ホンジュラスにおける地域警察分野への支援は、2000年代の日本への研修員派遣事業から開始されました。そして、その帰国研修員らが技術協力プロジェクトを提案し、日本政府へ正式要請されたのち、4年間のプロジェクトとして2009年に本格的な支援が開始されました。それから今日まで、ホンジュラスにおける地域警察分野における息の長い支援が続けられてきました。

もともとホンジュラスの警察は軍の一部として創設されたという歴史があり、地域警察という概念の浸透は、はじめから警察内部ですんなりと受け入れられたわけではありませんでした。最初のプロジェクトを中心となって作り上げた警察官にカルロス・チンチージャ(Carlos Chinchilla)とルイス・オサバス(Luis Osavas)の二人がいました。この二人の警察官は、治安の維持や改善には、警察の力だけではなく、コミュニティの協力があってこそ成し遂げられるものだという強い信念を持っていました。日本やブラジルで地域警察を学んだのち、ホンジュラスで地域警察プロジェクトを立ち上げ、カルロスは退官してプロジェクトの一員として、またオサバスは警察幹部の立場からこれまで長年にわたりホンジュラスにおける地域警察の定着に尽力してきました。

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カルロス・チンチージャ(左)とルイス・オサバス(右)

2016年から開始した警察改革を経て、地域警察の考えが警察業務の中心に

ホンジュラスでは2011年に10万人当たりの殺人件数が世界最悪を記録し、世界で最も危険な国と言われました。その後、2016年からは警察改革が本格化し、インフラや人材育成制度そして警察官の業務環境の改善など多岐にわたる改革が実施されました。その中でもとりわけ、国家警察法や人材育成・現任教育法の改正では、警察はコミュニティとともにあるという「地域警察」の考え方がすべての警察業務を貫く柱として位置づけられたことは、とても大きな前進だったと言えます。

これまでの長年にわたる警察との協力を支えた二人に話を聞きました。

-二人が警察官を目指したきっかけとは?

オサバス:私とカルロスはともに、1994年に警察学校に入校しました。400人の入校生のうち最終的に卒業できたのは、私たちふたりとパナマ人2人を含めた50人だけ。それから30数年、我々ふたりは警察官として「もっとこの国のために」と思い切磋琢磨する仲でした。私は、北部コルテス県のリマで生まれ育ちました。小さいころに街で見かける警察官といえば、特殊部隊に近い存在で、近づくのも恐ろしいものでした。ところがある日、私の友人と道端で遊んでいたところ、ひとりの交通警察官が近づいてきて、一緒に遊んでくれたのです。その時子供心に、あんなに恐ろしいと思っていた警察官が実はとても心優しいひとりの人間だったことに気づかされました。その警察官は、現在も現役で勤務されています。彼の行動が私の中の警察官のイメージを塗り替え、そして自分自身が警察官を目指すきっかけとなりました。

カルロス:私の父が幹部軍人であったこともあり、幼いころから多くの軍関係者に囲まれて育ちました。少し大きくなり将来軍人になるかどうかを考え出したとき、警察内部の医療部門で歯科医として働いていた兄に誘われ、オランチョ県のフティカルパで行われた警察のコミュニティ活動に参加しました。そこで見た、人々との交流の中にある警察官の姿は、まさに自分が探していたものだ、と思ったのをよく覚えています。そこで私は、軍人になるのではなく、警察官になるんだと決めたんです。

-日本での地域警察の研修では何か印象に残っていることはありますか?

カルロス:私は2006年に研修で日本へ行く機会を頂きました。いまでもその時の研修員証は大切にとっています。もちろん日本は、ホンジュラスよりも技術的にずっと発展していました。いろいろな場所へ訪問をしましたが、一番印象に残っているのは、日本のひとたちの警察官に対する「信頼」の高さでした。これはいかにインフラが整備されたとしても一朝一夕に得られるものではなく、日本の警察官が昔から住民とともに活動を行い、住民の要望にどれだけ応えてきたかということの証だと知りました。そして、住民と警察官との間にあるお互いを尊重し合う関係性にも大きな感銘を受けたことをよく覚えています。ホンジュラスではなかなか見ることはできない光景でしたから。

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若かりし頃のカルロス。現役警察官だった2006年に、日本での地域警察研修へ参加。その時の研修員証はいまでも大切にとってある。

オサバス:わたしはカルロスが日本に行った翌年の研修員として日本を訪問しました。文化や食事などホンジュラスとは違うところがたくさんありました。ただ、カルロスが言うように、日本では防犯活動に市民が参加し、そうすることで警察だけで行う防犯活動をより強靭なものにしてくれているのだと見て納得することができました。住民が参画することは、警察活動をより円滑で効果的なものにするのだと理解できたことは大きかったです。

-ご自身にとって、警察と地域のつながりというものや、そのつながりに重きを置く地域警察とは、どのような意味を持つものでしょうか?

カルロス:軍人とは違い、元来警察はコミュニティとのつながりのもとにある存在という意識は、我々の中にはとても自然なものとしてありました。実際、昔から警察業務には地域社会との交流会など、地域とのつながりに配慮した活動もあったことは事実です。ただそれが、確固たる「警察業務」として明文化されていませんでした。別の言い方をすると、もともとコミュニティとのつながりは重視されていたものの、そのことを具体的に警察業務として実施するに十分な「教科書」がなく、それぞれが思い思いに活動を実施していたというのが現実でした。

オサバス:私も同じように、警察はコミュニティのなかにあるものという感覚を持っていました。もともと警察は軍の中に生まれ、軍から分離された後も、人材や組織機能の多くは軍から引き継がれたため、軍的な考え方が根底に引き継がれていたことは否めません。プロジェクトを開始した2009年当初、警察内で地域警察という概念に否定的な風潮があったことも確かで、様々な方法で幹部を説得し続け、少しずつ考えを変化させていく必要がありました。最初は本当に大変でした。地域という単位は、そこに住む住民だけではなく、教会や政府機関、NGOそして一般企業や商店などさまざまな人たちから構成されています。私はいち警察官として、街を支えるさまざまなアクターと連携しながら、防犯活動に取り組むことで、街のために仕事をしているんだということを実感し、大きなやりがいを感じていました。

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いまでも二人は違う立場から、JICAプロジェクトを支えてくれている。

カルロス:私はとある街に配属されていたとき、その街でごみ拾いを始めました。大人たちは怪しむような目で私たちを見ていました。そのうち私たち警察官らは、地元の子供たちを誘ってゴミ拾いを始めました。子供たちは遊びながらも一緒にごみ拾いを手伝ってくれました。はじめ大人たちは遠くから見ていただけでしたが、そのうち少しずつ私たちを見る目が変わっていったことをよく覚えています。警察官がただ街をきれいにしていただけですが、そこに子供たちが加わり、最終的には住民との関係作りのきっかけとなりました。このように、少しずつ警察のイメージを変え、コミュニティの一員として認められるよう住民との信頼関係を構築する作業は時間がかかりますが、コミュニティにおける防犯活動にはこの関係作りが重要になってきます。

-ホンジュラスは2011年に世界最悪の治安と言われながらも、警察改革などをとおし大きく治安を改善してきました。今後、警察はどう変化していくべきでしょうか?

オサバス:ホンジュラス警察は2016年から警察改革を開始し、制度・インフラなど多くの改革が推し進められました。当時警察は、治安状況の悪化から世間の強い非難にさらされていました。警察官は悪者にしか見られていなかった。私は幹部警察官として、警察改革を内部から目の当たりにしました。汚職等の疑われる警察官らは解雇の対象となり、最終的には半数近い現役警察官らが組織を後にしました。いち警察官として、あの時期はとても苦しくつらいものでした。一方で、地域警察の考えが法的にも警察業務の中心に据えられたことで、教育課程が改正された後に入校した警察官は、地域警察の考えがしっかり叩き込まれています。若くて教養のある多くの人材が輩出されることで、警察内部での人員交代も進んできました。しかし、まだまだ警察学校における教育課程の改善は必要で、今後ともしっかりとした理論と実践を兼ね備えた優秀な人材育成が求められていると考えています。また、教育・養成プランだけではなく、新たな教員の育成も必要ですし、警察が不断の改善を続けていくためには十分な予算が確保されるということも重要な点となってきます。そのためには、治安省大臣や中央政府の理解とサポートは不可欠なものです。

カルロス:2006年にマヌエル・セラヤ大統領が就任すると、街の人たちが集まり様々な情報交換や政策要望を議論する場として市民協議会(Mesa Ciudadana)が設置されました。警察もその一員として治安の面から活動に参加し、街の安全を住民と議論する重要な場として活用していました。ところがある時から、その協議会の場を政治的に利用しようとする動きを見せる人がでてきたことを覚えています。警察は、特定の政党のために働いているのではなく、市民のための存在であり、もちろん政府が警察活動を理解しサポートしてくれることは大変重要なことではありますが、市民が作り上げる仕組みを政治利用することは絶対に避けるべきだと思いました。そのためにも、住民との討議を重ね、お互いを高め合い、そして協力しながら街で起こる様々な問題を解決していけるような関係性をつくっていくことが必要です。市民と警察が協力し合う関係性を築くことで、お互いがもっと強くなる。そしてそれが、私たちの住む街をより良いものにするのだと思います。

オサバス:いまホンジュラスの治安は、10万人当たりの殺人件数が2011年の数値から半減しました。しかし、まだまだ改善の余地は大きいです。防犯に重心をおく地域警察の業務をこれからも進化させ、市民に信頼される警察を目指したいと考えています。

プロフィール

ルイス・オサバス(Luis Osavas)ホンジュラス国家警察交通警察局長
1994年ホンジュラス国家警察警察学校卒業、2007年に本邦研修参加、観光警察ユニット長、治安省国際協力部長など歴任、2009年の地域警察プロジェクトの立ち上げメンバーで警察組織内折衝に不可欠な存在として内部調整に奔走、第1フェーズからカウンターパートとしてプロジェクト実施に尽力。

カルロス・チンチージャ(Carlos Chinchilla)JICA地域警察プロジェクトアドバイザー
1994年ホンジュラス国家警察警察学校卒業、キャリア警察官として様々な部門長歴任、2006年に本邦研修に参加、地域警察プロジェクトの立ち上げ後2009年警察官退官、国内第二の規模を誇る民間銀行警備主任を務める傍らJICA地域警察プロジェクトの技術アドバイザーとしてフェーズ1からプロジェクトに従事、警察幹部とJICAをつなぐ無くてはならないパイプ役。