夢への挑戦−ブルキナファソから日本のプロ野球へ−

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気温40度を超える強烈な日差し、西アフリカ特有の赤土、時折どこからか牛や羊がやってきて近くを通り過ぎていく——それが私の活動現場、グラウンドの風景です。

ブルキナファソ野球・ソフトボール連盟に配属され、首都ワガドゥグで野球の普及活動、野球を通した青少年育成を行っています。毎日グラウンドに通い、地域のクラブや高校チームを巡回指導しています。

当地で日本人ボランティアが野球を指導し始めてから4年が経過していますが、用具は現地で調達できず、球場もありません。野球人口もまだ全国で200人ほどという環境に、赴任当初はとまどうばかりでした。しかし、そんな中で選手たちが本気で目指す「夢」に心を動かされました。

現在、主に指導しているのは、13〜20歳の青少年15人ほどが所属するグンゲン地区のクラブチームです。この選手たちは、日本人ボランティアの指導がきっかけで4年前に野球を始めました。野球のテレビ中継などない当地では、日本人が見せるプロ野球のDVDや雑誌、甲子園の映像が、自然にあこがれの的になっていきました。いつしか選手たちは「日本で野球選手になる」という夢を口にするようになりました。

しかし、それは日本での野球を経験している私にしてみれば、この野球環境で野球先進国の「プロ」という狭き門に挑むのは、不可能としか思えませんでした。

それでも選手たちは本気でした。平日は学校があるので1時間程度しか練習ができません。家の手伝いもしなければなりません。学校に通うことにも経済的に苦労している家庭環境の選手もいる中、決して野球を最優先にできない環境です。それでも毎日グラウンドを訪れる彼らの姿に、それが無謀な挑戦だとは口が裂けても言えなくなりました。

「この子たちの夢をかなえてあげたい」。いつしか、彼らの夢が私の夢にもなっていました。

2013年の夏、グンゲン地区チームのサンホ・ラシーナ君(15歳)が、日本の独立リーグのチームに1ヵ月間練習生として参加し、入団テストにも挑戦しました。結果は残念ながら不合格でしたが、夢の実現に向けて一歩踏み出すことができました。

彼は帰国後、「日本で学んだことを、ブルキナファソの選手たちに伝えていく。そして、もう一度日本のプロ野球に挑戦するために練習に励んでいく」と力強い決意を語ってくれました。その後は、チーム全員で防球ネットや野球道具を試行錯誤で作りながら、チーム全体がさらに高いモチベーションで練習を続けています。

そう遠くない将来、必ず日本で「ブルキナファソ出身の野球選手」が誕生すると、私は信じています。夢への挑戦は、まだまだ続きます。

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普段の練習で使用するグラウンド

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2013年度クラブチーム全国大会で優勝したグンゲン地区チーム

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バッティング練習


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アスファルトの上や、はだしでも必死に練習

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手作りのネットを使用して練習中

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日本への短期留学に挑戦する選手を決める選考会で


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