地球の反対側の教室で

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無理だ。絶対無理だ。小学4年生の教室。70人の子どもたちの前で一人教壇に立ちすくむ。

ここは教員養成学校の隣りにある附属小学校。普段私はここで1ヵ月ごとにクラスを回り、主に授業を観察したり、実習生や担任の先生と一緒に授業作りをしている。今月は5年生のクラスに入っているが、隣から大声が聞こえてくる。廊下に出ている子に事情を聞くと今日は担任が休みだという。子どもたちに何もさせないよりは...と思って、急きょこのクラスに入ることにした。試してみたい教材もある。

私が入った瞬間、ふっと顔をあげてしーんと静かになる教室。次の瞬間、にやり顔で「ノリコ!」と叫ぶ子、なんだという顔で近所の席の子とおしゃべりを再開する子、おもちゃで友だちをつつきながら奇声をあげる子...。40度にも届きそうな室温、ハエが顔にまとわりつき、独特なにおいが鼻をつく。この教室から外に出てしまおうかという思いがふと頭をよぎる。ここに来たのは別に義務ではない。一歩出ればすべてが終わる。

次の瞬間、この国の先生が立たされている場所に、今、自ら立っていることに気付く。赴任して半年——。教員養成校で未来の先生を前に「子どもの声を生かした授業を」とか大層なことを言ってきた。もちろん間違ってはいない。今でも同じ思いだ。ただハードルは予想よりも高そうだ。

何とかしようの一心で、かばんの中をまさぐる。あった、後で食べようと思っていたあめ。「これは何だと思う?」と高々と掲げてみる。再びしーんとなる教室。雰囲気が変わるのを感じる。いくつか考えてきた算数遊びをやる。そのうち「先生、この時間は自習で教科書を読むことになっています」と一人の男の子が言う。

算数遊びを終わりにして、教科書がある子どもには開かせる。私も一息つこうと席に座った途端に始まる私語。初めこそ遠慮があるものの、だんだんガヤガヤしてくる。もう耐えられない、怒ったぞ、という顔をして「いい加減にしなさい」と子どもの近くまで、すっ飛んで行く。一応、木の棒のようなものも手に携えてみる。怒られている子の周りの子どもたちがやけにうれしそうだ。そのうち遠くの席からも「先生、こっちも怒って」「こっちも」...。

力尽きて再び席に座る。ぼうっと子どもたちを眺める。すると不思議かな、だんだんと静かになってきた。そこで思い出す。日本で先輩教師から言われた「あなたのこと見ているよ!光線」が何より大事という言葉。地球の反対側でも威力を発揮する教師の技にあっぱれと心の中でつぶやく。

接点のないはずの遠く離れた国の学校でも、先生の子どもたちに対する同じような言葉が飛び交っている。「休み時間と同じ声で発表しなさい」とか「明日も提出物を持ってこなかったら...」などなど。また、一度では理解できなかった子どもの手を取って教えているうちに、だんだんと熱くなっていく様子、ずっと発言しなかった子どもが手を挙げて発言した時の子どもよりもうれしそうな顔、体育の時間に「昨日、夜中の1時までかかっちゃったわ」と言いながら作ってきたハチマキ全員分を子どもに配る——そんなブルキナファソの先生の姿が、去年まで日本の小学校で教えていた自分と重なる。

最近、何人かの現地の教師に話を聞く機会があった。子どもの人数が多い中でも日ごろから子どもに寄り添い、一人も落ちこぼすまいと懸命に指導をしている先生に、どうしてそのような教育をするようになったのか教えてもらいたかった。そのうちの二人が、自分が実習生だった時、小学生だった時に出会った先生の話をしだした。一人の先生は言った。「○○先生がいなければ、今、私はここにいない」。聞いているうちに体の底が熱くなるのを感じた。私もある先生とあるクラスとの出会いによって教職の道に導かれたからだ。

ブルキナファソでも日本でも教師の現場に立つしんどさは同じだろう。それでも明日も頑張れるのは、ずっと昔からリレーされてきた目に見えない「何か」がそうさせるのではないか。子どものころ、誰かがそっと私の心のポケットに入れてくれた幸せ、あこがれ...。今度は自分が入れる番だ。ブルキナファソの先生と、いや世界中の先生と同じ一つのチームにいるような気がした。

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附属小学校で卒業試験の幅跳びを指導する筆者(左)

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教員養成校で学生たちに教材や算数遊びを紹介する

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勉強会で教師や養成校の教授らと意見交換


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元気な子どもたちと夜まで一緒に遊ぶこともある

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教員養成校がある村の湖の夕暮れ

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