難民の今と未来−ジブチでの難民支援の現場から−

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ジブチは、ソマリア、エチオピア、エリトリアからの難民を多く受け入れている。難民とは、人種的・思想的・政治的理由によって母国を追われる「政治的難民」と、戦争や貧困により外国へ避難した「経済難民」とに区分される。最近では、政治的理由によるものが大部分であり、イエメン情勢の悪化から、イエメンからも難民が大量流入している。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、ジブチ国内に逃れてきた難民の保護を目的として活動しているが、母国への帰還や第三国への移住も援助しており、この三つを柱に、各NGOをパートナーに活動している。私はそのパートナー団体の一つである、ルーテル世界連盟(The Lutheran World Federation)に所属し、青少年活動という職種で、ジブチへ逃れてきた難民の、主に子どもを対象に活動している。

難民は、その日その瞬間を生きていくだけで精いっぱいで、将来を見据えた貯蓄などとは縁遠い。その中で、衣食住をてんびんにかければ、食が最優先されるのは当然で、着るものなどは後回しになる。一方で、日本では開発途上国のためにと、古着や靴、おもちゃなど多くの寄付品が集められている。これらの一部はジブチ向けにも振り分けられ、自衛隊員がはるばる届けてくれる。そのうち、難民にとって必要なものを、難民キャンプや首都で生活している難民に配布している。

ジブチの女性は、子どもから大人まで、布一枚をワンピースのように仕立てた「シーツ」を着ている。日常生活では不便はないが、子どもが運動する際は、足をひっかけて転倒するなど危険が多い。また、同じように生後間もない乳児も布一枚に包まれ、母親に抱かれている様子をよく見かける。下着を履かせてもらえない子も多く、泌尿器系の病気を患い幼くして亡くなる例もある。そこで日本からの古着は、幼い子どもを中心に配布している。

そんな子どもたちの中には、出生地が難民キャンプで、生まれてこのかたキャンプから出たことがない子もいる。そして、多くは自分の将来について考える機会があまりないという。一度、長くキャンプに滞在している25歳くらいの青年と、「何のために生きているのか」を話す機会があった。彼は、しばらく考え込んだ後、「自分は難民だから、ここにいるだけ」と答えた。狭く限られた環境で、自分の目標を見つけることができるのは一握りの人。そして難民という「保護対象者」となった後、そのぬるま湯とも言えるコミュニティーから抜け出すのも容易ではないという。

子どもたちに多様な可能性があることを知ってもらうため、これまで、イスラム文化圏で広く親しまれているヘナ装飾の技術を伝えるための教室や、児童向けに絵画教室を開いてきた。自由に絵を描いてもらうのだが、彼らはイメージしたものを描き出すことが不得意で、自分がこれまで目にしてきたものしか描くことができない。その中で、道徳や芸術などに価値を見いだし、少しでも豊かな情感を養うための手助けができればと考えている。

難民が、どの場所で、誰と生きていくかは本人が決めることだが、その答えにたどり着くまでの選択肢が、これから増えることを願い、活動を続けていきたい。

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アリアデ難民キャンプの住居

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布一枚でできた「シーツ」に包まれた赤ちゃん

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赤ちゃんの手。泌尿器系の疾患で、この一ヵ月後に亡くなった


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「シーツ」から日本の古着に衣装チェンジ

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絵画教室で描かれた爆弾の絵

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日本からの寄付品、筆記用具を抱えて


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