ある難民キャンプの事実

Twitter Facebook はてなブックマーク メール

「難民」、この言葉にどのようなイメージを抱くだろうか。近年、世界中のメディアが取り上げ、21世紀における重要課題の一つとなっている。報道のされ方によっては限定的なイメージに包まれがちかもしれない「難民」に、私は最前線で関わっている。

ジブチでは、約2万7千もの人々が3つの難民キャンプと首都ジブチ市に分かれ、難民として暮らしている。中でもアリアデ難民キャンプには約1万6千人が住んでおり、私はその場所を中心に活動している。

活動実施前は「難民キャンプ」に関し、インフラやサービスが整備されず劣悪な環境下で人々が生活している場所と想像していたが、その先入観は見事に崩れ去った。

アリアデ難民キャンプは既に20年以上も前から存在し、病院、学校、遊び場、商店、レストランなどが所々に点在している。電気は一定時間利用でき、水も井戸から汲むことが可能。テレビやスマートフォンから世界の情報も得られる。この状況に当初は驚くばかりであった。

しかしながら、難民キャンプ内でも貧富の差が生じている。

アリアデ難民は異なる国籍や民族で構成されており、言語が堪能である者は手に職を持つ者同様、キャンプ内で収入を得て、比較的余裕のある生活を送ることができる。

一方、シングルマザーなど過去に働いた経験や職に関する知識がない者は、供給が不安定な支援物資に頼らざるを得ない状況にあり、さらなる貧困や孤独に陥ったり、ストレスで育児放棄したりするケースもある。

そのような過酷な環境の中でも将来への希望を見ることができる。

例えば、私が関わる女性労働組織では、シングルマザーなど60人がより良い暮らしを求め、一から手芸技術を学びつつ自作品を販売し、収入を得ようと努力をしている。また、幼い兄弟の世話や家事の合間に勉強する子どもたちは、会うたびに英語が流暢になっており、驚異的な学習意欲を目の当たりにする。

「難民」というものは短期間で解決できる問題ではない。報道の通り、過酷な環境で生活する人々やそれに関わる現地の人の葛藤も確かに存在する。

ただし、ネガティブにだけ捉えるのではなく、生き延びるために難民という選択をした人々が実際どの様な状況であるのか、何をもとに生きているのかを包括的に知る必要がある。

私は、日本人にとってはとても遠い「難民キャンプ」に足を運びながら、そこでしか知りえない人々の生き様や事実を多くの人に伝えることが最も身近な国際協力だと考え、日々の活動にいそしんでいる。



(関連リンク)

各国における取り組み ジブチ

【写真】

丘から見た現在のアリアデ難民キャンプ

【写真】

ミシンの練習をする難民女性たち

【写真】

女性労働組織について話し合う難民たち


Twitter Facebook はてなブックマーク メール