危機遺産「シミエン国立公園」を救うコミュニティ・ベースド・ツーリズム

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エチオピアに、米国イエローストーンやエクアドルのガラパゴス諸島と同時に1978年、最初の世界遺産として登録された国立公園があるのをご存知でしょうか——。それは1969年にC.W.ニコル氏(注1)の尽力により設立されたシミエン国立公園です。

シミエン地域一帯は、大地溝帯に含まれ、エチオピア最高峰で標高4,533メートルを誇るラス・デジェン山のほか、4,000メートルを越える山々が連なる様子から「アフリカの天井」とも呼ばれています。長い年月の浸食が、落差1,500メートルの断崖絶壁や、35キロメートルにわたって続くがけ地を形成しました。いにしえに起こった激しい火山活動の跡が、棒状やテーブル状などの形の岩石の隆起となって、壮大な景観を造り出しています。

シミエン国立公園は、世界遺産に登録されたものの、1996年に危機遺産(注2)に指定されます。地域住民が生業(なりわい)として行う放牧や農業が公園内で拡大し、公園の自然資源に脅威をもたらしたためです。この状況を改善するため、JICAは2011年、「シミエン国立公園および周辺地域における官民協働によるコミュニティ・ツーリズム開発プロジェクト」を立ち上げ、大学や開発コンサルタント会社などから専門家を派遣しており、私も専門家としてこのプロジェクトに携わっています。プロジェクトでは日本が得意とする「コミュニティ・ベースド・ツーリズム(CBT)」を推進し、地域住民が放牧や農業だけに頼ることなく、より良い暮らしを実現することを目指しています。それによって国立公園への負荷を軽減し、最終的には危機遺産から脱却することを目標としています。

CBTとは「コミュニティを基盤とし、コミュニティが主体性を持ち、自律的に観光振興を進めていくあり方」。日本では1960年代から続いている、町並み保存運動や地域おこし運動のなかで培われてきた「まちづくり」の手法のことです。この手法を学ぶために8月、エチオピアからタデレチェ・ダレチョ文化観光大臣をはじめとする政府要人、シミエン国立公園のマル・ビアジュレン園長、ゴンダール大学のアフェワーク・カスー副学長らが視察団として来日しました。

視察団が最初に訪問したのは、長野県飯山市の「信州いいやま観光局」です。ここでは豊かな自然環境や地域の伝統などを生かした100以上の体験プログラムを開発し、それらを自ら「着地型」(注3)の旅行商品として販売しています。また、森林保全や古民家の再生などの社会活動にも積極的で、持続可能な観光まちづくりのために多くの先進的な取り組みを実施しています。一行は染色やカヌー、温泉などのプログラムに参加し、行政が民間の知恵を借りる「官民協働」の仕組みが、観光まちづくりに有効に作用していることを学びました。

次に、長野県信濃町にある黒姫高原を訪問し、ニコル氏が理事長を務める「アファンの森財団」の森林回復活動を学びました。2月にシミエン国立公園を訪れた初代園長ニコル氏は、「美しかったシミエンの森はほとんどが失われてしまったが、今ならまだ間に合う。自分にできることなら何でもする」と救済の手を差し伸べると、エチオピア側からニコル氏に「シミエン国立公園親善大使」任命書が手渡されました。

最後に、世界文化遺産を有する白川村で、住民主体の遺産管理の現場を訪れました。一行は、みずみずしい緑に覆われた夏の合掌集落の美しさに感動し、それが政府からの支援を得つつも住民主体で保存されていることに驚き、観光が地域にもたらす功罪についても学びました。

視察を終えた後、一行はJICAのプロジェクト専門家チームと「コミュニティー・ベースドの遺産保全と観光開発」について丸1日、話し合いました。エチオピアではトップダウンで物事が決定されることが多いため、日本では一般的になった「官民協働」の体制は、政府高官には理解しにくい概念といえます。「どうして民間がかかわる必要があるのか」「官・民の役割分担はどうなっているのか」といった質問に、一つ一つ答えながら議論を進めましたが、意識を変えるのは一朝一夕にはいきません。今後も現場で実際の成果を見てもらうことにより、少しずつ「コミュニティ・ベースド・ツーリズム」の考え方をエチオピアに浸透させていくことができればと考えています。

(注1)英国ウェールズ生まれ。日本在住の作家、環境保護活動家、探検家。
(注2)武力紛争や自然災害などにより、その価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産。「危機遺産リスト」に登録された場合、国際的な協力を仰ぐことができる。危機的な状況を脱したと判断された場合、リストから削除される。
(注3)旅行商品は通常、都市部の旅行会社で企画・発売する「発地型」であるのに対し、目的地主導で企画・発売するものを指す。



(関連リンク)

シミエン国立公園および周辺地域における官民協働によるコミュニティ・ツーリズム開発プロジェクト

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シミエン国立公園の壮大な景観

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飯山で染色プログラムを体験(後列右から6番目が筆者

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講師の話に聞き入るエチオピア視察団のメンバー


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黒姫で「アファンの森財団」を訪問(中央が二コル氏)

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白川村で住民主体の遺産保全活動を視察

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JICA専門家チームと議論する視察団


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