たった一日のラマダン体験

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「君は断食をしないのか?」と、ラマダン(断食)期間中よくムスリム(イスラム教徒)の同僚にこう聞かれた。そして断食をするように誘われる。私は決まって「たぶん明日から始めるよ!」と笑顔で答えていた。

私が活動するガーナ北部のタマレはいたる所にモスクがあり、ムスリムの人が多くいる。そんなタマレで、ムスリムの人には過酷なラマダンの時期が5月27日から始まった。

この期間は、日の出から日没までの間、飲食は一切禁止となる。毎朝4時半ごろに起き、日が昇る前に飲み物や食べ物を多めに取る。そして日が出ている間は飲み食いせず、日が沈む夕方6時になってやっと飲食をする。これを約1ヵ月間、毎日続けているのだ。 

同僚からの断食の誘いを適当に断っていた私だが、ラマダン最後の日の1日だけ、断食をしてみた。

しかし、完全な断食は私にはあまりにも過酷で、ペットボトル1本の水だけは取ってしまった。

そして感じた。断食は想像以上に辛い。

一日中頭がぼーっとし、集中力が全くなくなる。そして早く日が沈まないかと外を眺め、時計をずっと気にしてしまう。なるべく食べ物のことは考えないように精一杯努力した。断食の大変さが少しだけわかったような気がした。

そしてその長いラマダン明けの6月26日は、イードというお祭りで、日本でいえばお正月のような日。

この日、ムスリムの人はすてきに着飾って、お互い新年の挨拶をする。女性たちは早朝から大量にご飯をつくり、そのご飯を近所の人たちに配っていた。近所のマダムが、私の家にもそのご飯を届けてくれた。プレーンライス&シチュー、サラダと鶏肉付きの豪華なご飯だった。

私にとってはたった一日のラマダン明けの日、しかし断食の辛さが少しわかった後のこの豪華なご飯は、とても嬉しく、とてもおいしかった。ご飯のありがたさ、ムスリムではない私にもご飯を分けてくれたマダムの心の温かさを感じた。近所では自慢の手料理を分け合い、そのご飯をみんなで食べて楽しんでいた。ご飯が食べられる幸せをみんなで楽しんでいるように見えた。

日本で食べ物に感謝をする「いただきます」と「ごちそうさま」という言葉。大人になってからこの言葉をあまり使わなくなってきたように思う。しかしこの断食であらためて、いつでもご飯が食べられる幸せ、それを一緒に人と分け合い楽しむことができるありがたさを感じた。だから今日も心を込めてこの言葉を使おうと思う。



(関連リンク)

各国における取り組み ガーナ

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イードの日(ラマダン明けのお祭り)にもらったスペシャルご飯

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イードの日。早朝4時から女性たちはご飯をつくります

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ムスリムの先生たちと学生らが、外で共にお祈りをしていました


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お祈りの後、学生たちと一緒に記念撮影

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イードの日は皆おしゃれをする。もちろん子どもたちも

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