言葉を超えてつながる力−日系ブラジル人専門家・岡村ミエさんの場合−

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モザンビークのマバラーニという田舎町を訪れた時のことである。3人のJICA専門家と一緒にNGO団体を訪問した。マバラーニ郡役所に到着すると、すぐ隣にあるかやぶき屋根の小さな建物に案内された。既にNGOのメンバーが30人ほど総立ちで待っているのが見える。彼らは地元の歌を歌い始めた。2人の専門家と私は突然始まった歓迎の歌に喜びと少しの戸惑いを隠せないまま、立ちすくんで歌を聞いていた。そこに、郡役所の職員と話をしていたため、専門家の一人が少し遅れて入ってくる。直立不動のわれわれを横目に、入ってくるなり迷いもなく、NGOの歌に合わせて、ノリノリで踊りだす。その踊りを見て歓喜の声が上がり、NGOのメンバーも全員笑顔で踊りだす。彼女が彼らと出会ってから約5秒、現地の人々の心をつかむ瞬間を見た。

その専門家は岡村ミエさん。「ガザ州エイズ対策委員会能力強化プロジェクト」の第三国専門家(注1)として活躍する日系ブラジル人だ。モザンビークのHIV/エイズ成人感染率は11.5パーセントと、サブサハラアフリカ地域(注2)の5.0パーセントと比べても非常に高い。中でも、首都マプトの北部に位置するガザ州は25.1パーセントで、4人に1人が感染者という深刻な状態にある。HIV/エイズによる免疫力の低下は、薬を飲み続けることで抑えることができるが、病院、保健医療に関わる人材が少なく、現金収入も少ない地方の人々にとっては困難だ。マバラーニで訪問したHIV患者の女性は、十分な薬が服用できないため、目が見えず、足の感覚がなくなり、悲痛な現状を訴えていた。

そういった事態を未然に防ぐため、モザンビーク政府は1日当たりのエイズ新規感染者数を2010年時の350人/日から2015年までに150人/日に減少させることを目指しており、JICAは、ガザ州エイズ対策委員会(NPCSガザ:Gaza Provincial AIDS Combat Nucleus)のガザ州における予防対策活動を支援している。ミエさんは、JICA専門家としてNPCSガザに派遣され、ブラジルで得たHIV対策に関する知見に基づき、彼らの指導にあたっている。

モザンビークとブラジルの人々は共にポルトガル語を母語としている。新入職員研修の一環でこのプロジェクトを訪れた私は、ポルトガル語が全く分からない。しかし、なかなかの剣幕で話し合っていることは分かる。けんかになってしまうのでは、と思っていると、次の瞬間には笑い合っている。信頼しているからこそ率直に意見を言い合える関係なのだということが、言語が分からなくても伝わってくる。持ち前の明るさで場を盛り上げるミエさんに対するNPCSガザ職員の人望は厚く、週末にも互いの家に遊びに行くような親密な仲である。

ガザ州の知事を表敬する際、英語で自己紹介しても通じるだろうと思っていた私に、ミエさんは、「つたなくてもいいから、ポルトガル語で話した方がいい。通じる、通じないではなく、相手の言葉を何とか話そうとする姿勢が、相手との距離を縮める上でとても重要だから」と、教えてくれた。

モザンビークを支援する上で、日本とブラジルが手を取り合う理由の一つは言語である。ミエさんの場合、ポルトガル語も日本語も円滑に話せるというのはコミュニケーション上の大きなアドバンテージだ。だが、それだけではない。もう一つの理由はブラジルが蓄積してきたHIV予防対策、患者支援に関する知見である。しかし、それだけでもない。言葉とか、知識とかを超えて、相手と密接につながってしまうミエさんに、国際協力に必要な人間力を感じることができた。

(注1)技術協力を効果的に実施するため、協力対象国に他の途上国から派遣される第三国国籍の専門家。
(注2)サハラ砂漠以南のアフリカ諸国を指す。



(関連リンク)

ガザ州エイズ対策委員会能力強化プロジェクト

【写真】

NGOの歌に対してお礼をするミエさん

【写真】

マバラーニの人々と

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