日本人の「いただきます」の精神

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日本の生活から離れて1年。離れたからこそ知ることができた日本の文化。それは、日々の何気ない食事の場面でも感じることができます。

ブラジルの公用語であるポルトガル語には「いただきます」「ごちそうさまでした」をはっきり直訳できる言葉がありません。食べる前は「さぁ、食べよう(Vamos comer)」という感じで、気づいたらいつのまにか食べ始めるのがブラジルの食卓です。

だからこそ、「いただきます」は、日本人が昔から大切にしている精神がたっぷりつまった素敵な言葉だなと、日本の食卓を離れてから身にしみて感じます。食べ物、動物、魚のつながる命、作ってくれた人……、すべてに感謝しながら食事を楽しむ心。幼い頃から多くの学校や家庭で、みんな手を合わせてそろって「いただきます」をする日本の食文化、この一言があるからこそ食べるもの、人に感謝する気持ちをより強く心に根付かせることができるのではないかと思います。

日本人は、食べ物が残った時に「もったいない」という言葉を使います。ブラジルにもそのようなニュアンスの言葉はあるようですが、日本人が発するような場面ではほとんど使われません。「ああ、もったいない」と感じた時に、ポルトガル語でその感情を表現したいけど、どうも表現できないなと感じることがよくあります。

それには歴史の違いも少し関係している、ということを日系人の方々と話していて気がつきました。

日本は戦争でどこにも食べ物が十分になかった時期を経験した国である一方、ブラジルは国民全体が食べ物に困ったという時期がありません。私は幼い頃、ご飯粒を残すと、「お米はとっても大切、残したらバチがあたるよ」と母からよく言われたものです。そして、その母は私の祖母から言われて育ったのでしょう。こうやって、世代をつなぎながら受け継がれていく、食べ物に感謝する精神。

さて、ブラジルの日系人の家庭では、だんだんと世代が進むにつれ、そしてブラジル人との混血の家庭も増え、日本語を話す機会も減り、昔よりも「いただきます」を言う習慣がなくなってきているそうです。

そして現代の日本でも、食べ物が豊富にあふれていて、一回一回の食事に感謝する心を昔よりも忘れがちになっているのかもしれません。

日本を離れたからこそ私も改めて思い出すことができた、日本人が昔から育ててきた「いただきます」の精神。ブラジル日系社会、学校でぜひ未来の子どもたちに伝えていきたいことのひとつです。

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日本語学校のおやつの時間。みんなそろって、「いただきます」!

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紙芝居で学ぶ、「いただきます」の意味

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牛さん、豚さん、魚さん、つながる命にありがとう


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子どもたちが大好きな、「いただきます」の歌のダンス

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ブラジルの家庭料理。豆の煮込みフェイジャオは毎日かかせません

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