当たり前だけど特別なこと

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私の祖父母は戦後の農業移民として、人生の半分をブラジルで過ごしました。実家で食べるブラジル料理や祖父母の会話に混じるポルトガル語は、私にとってのブラジルを「少し特別な国」にしてくれました。

サンパウロのお隣、オザスコ市で、現在日本語学校教師として活動しています。生徒には、日系人の親の勧めで日本語を始めた子どもだけでなく、日本文化に興味をもった非日系の人もいます。都心になるほど同化は進み、日本語学習者は減少する一方です。ポルトガル語が母語ではない1世のおじいちゃんと、日本語がわからない3世の孫、そんな家庭もたくさんあります。「おじいちゃんとおばあちゃんは日本人、でも私はブラジル人」、これもここでは当たり前なことなのです。

そんな中、ある生徒がこんなことを言ってくれました。

「先生、この前、おばあちゃんと日本語で話せたよ!」

日系3世の彼女は英語の方が上手で、覚えた日本語も決して多くはありません。でも、今まで勉強してきた言葉により家族の中に新しいつながりができました。「途中でわからなくなったけれど、少しだけ会話できたの!」とうれしそうに話す彼女にとって、日本語が「少し特別な言葉」になったようでした。

「国際協力」というと、国と国とをつなげる大きな仕事をイメージしがちですが、日々の授業を通して家族やコミュニティの中に新たなつながりを作ること、これもボランティアができる活動のひとつなのだと気付きました。

一人でも多くの人が、当たり前の中にある自分にとって「少し特別な何か」を見つけてくれたらと思います。



(関連リンク)

各国における取り組み ブラジル

海外移住資料館(JICA横浜)

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配属先の会館。ここで毎日授業をしています

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教科書をもとに作成した教材

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「単語かるた」の様子。生徒は日系3世や4世、ハーフの子もいます


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食べ物のカード。日系社会では普段から日本食を食べる家庭もあります

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ひな祭りの折り紙を作っています。折り紙は子どもたちに人気です

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