国際協力・途上国の医療の現場から

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パラグアイ共和国カアグアス県サンホアキン市。小さな田舎町が私の任地だ。

配属先である保健センターは医師1人と看護師6人で地域の一次医療を担っている。対象住民の大半が貧困層で、中には初等教育を終了していない者もいる。一部の住民はスペイン語を理解せず、現地語であるグアラニー語しか話せない。インディヘナ(先住民族)の集落が2つあり、劣悪な衛生環境による結核患者が存在する。

主な私の活動は診療介助と健康啓発活動だ。

カアグアス県では、JICAによる保健分野のプロジェクトが約6年にわたり実施されていたため、一見すると最低限の医薬品、医師と看護師というマンパワーはそろい、医療は僻地に届くようになってきている。しかし、診療所の医療器材は車椅子、ベッド、点滴棒といった簡素なもので、エコー、レントゲン、血液検査といった検査機器はない。病名の診断は聴診器と触診、視診のみで行わなければならず、少しでも高度な医療が必要となれば、1時間半かかる都市への搬送が必要であり、手遅れとなることも多い。

特に、農村部の事例は目を覆いたくなるものもある。

トラックに轢かれ首都の救急病院に搬送され、一命を取り留めた少女。気管切開し、気管支チューブが入ったまま、自宅退院となる。常時吸引が必要であり、全介助のハイリスク患者として手厚く在宅医療看護が入るのが日本の常識であるが、パラグアイ農村部では在宅医療・看護という概念はない。

現地医師・看護師の見解は、家族が全ての介護を担わなければならないが、家族は吸引の方法はおろか体位変換の方法も必要性も理解できない。近い将来、肺炎や床ずれになる少女を見るしかできない私の心は締め付けられた。

アルコール依存症の息子と二人暮らしの老婆。足の傷を放置した結果、ウジがわき、敗血症になる手前であった。医師はこのようなケースはパラグアイではたくさんあるのだと話した。その後、隣人の手厚いケアによって、老婆の傷は回復傾向である。

外部によるプロジェクトが入り、最低限の医療環境が向上したとしても、現地医療スタッフと医療機関の自発的な向上心がなければ、本当の意味での発展は見えてこないと感じた。

約2年間の活動を経て、途上国における医療支援は常に2つの側面を考えなければならないと考える。

ひとつは目の前で困っている人に対して手を差し伸べること。もうひとつは住民の行動変容を促すために将来を見据えた介入をすること。与える支援と行動獲得を助ける援助。

主に、健康啓発活動を主体に活動してきた。予防教育は20年、30年先の未来を見据えたもので、すぐに結果は出ない。そして、振り返ると時々無力感に襲われる。今苦しんでいる人を助けられなくて、なぜ看護師として存在するのか。そんな自問自答を繰り返した。

しかし、「僕はあきらめないよ。一緒にパラグアイの医療を良くしよう」という医師の言葉と「20年前の両親の時代とは明らかに健康意識は変わってきているよ」という看護師の言葉、そして何より「良くなってきているよ」という患者さんの言葉と笑顔で救われるのだ。

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配属先診療所

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小学校栄養改善・健康教育

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高齢者宅への訪問医療


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住民参加型の栄養講義

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出張診療訪問と地区調査

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古着を寄付する活動


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