廃止寸前の日本語学科

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二年前、配属先の日本語授業を初めて見学したとき、教室に生徒は6人しかいませんでした。名簿には30人以上の名前があるのにです。

私が配属された中国内モンゴル自治区通遼市カールチン区第三高校は、市内(市と言っても東京都よりはるかに広い)の進学校に入れなかった生徒の受け皿になっている学校です。学歴社会の中国では、ほぼ全ての親が大学進学を希望しています。しかし、実際は大学入試に合わせた授業についていける生徒は少なく、途中であきらめ、授業に来なくなってしまうのです。そんな状況に、赴任早々、「日本語学科はなくてもいいんじゃないか?」という声が聞こえてくるようになりました。

日本語を外国語として教える学校が減少している中、配属先の日本語科までなくなれば、日本文化や相互交流を発信できる場所がまた一つ減ってしまいます。だから私は、とにかく外部主催の日本語に関係するコンテストや大会を探しました。何か“名のつく賞”をもらえれば状況が変わると思ったからです。そして知ったのが、国際交流基金北京事務所主催の「日本語合唱大会」でした。

合唱なら基礎学力に関係なく取り組める——。日本語学科主任の協力のもと、毎日自習時間に生徒を集め、音楽の先生まで呼んで練習しました。

結果は参加賞の「銅賞」でしたが、主催者から一人一人の名前が書かれた賞状をもらい、同僚教師は、「生徒は今まで、賞状をもらった経験はないから、とても喜んでいる」と伝えに来てくれました。小学生の時からテストの点数という評価基準で優劣をつけられていた生徒たちにとって、この参加賞の賞状が持つ意味は特別なものでした。

「自分たちも認められる」。そう思えるようになった生徒や教師は、その後、積極的に大会に参加し、全国規模の大会で多くの賞を受賞するようになりました。時には私から少し厳しい要求もしましたが、同僚中国人教師・学校幹部の協力もあり、「全国高校生日本語作文コンクール」では特別賞受賞と、訪日研修のチャンスを手に入れ、さらに配属先では、周囲の高校や大学、中国のJICAボランティアを集めた「通遼市日本語スピーチコンテスト」も開催しました。大会で賞を取るたびに、学校の門に喜報が貼られます。決勝戦や授賞式のため、北京などの大都市に行くチャンスをつかむ生徒も増えました。

廃止寸前だった日本語学科はいつの間にか学校の看板になり、教師数は当初の3名から6名に、生徒数は一学年30人程度から350人に膨れ上がりました。

現在も全体的な生徒の日本語能力は、進学校のそれと比べれば高くありません。しかし、日本語の運用能力を高めることだけが、教育ではありません。私はあと少しで帰国しますが、これからも、この学校の日本語教育が、学歴社会の日陰にいた生徒に光を当て、子どもたちに希望や目標を持たせる場所として発展していってほしいと願っています。

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普段の授業風景

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配属先で開催した「通遼市日本語スピーチ大会」

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全国高校生日本語作文コンクール一等賞受賞生徒


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日本語の歌に合わせて、ダンスを作成した生徒たち

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全国中高生日本語アフレコ大会決勝戦に進出

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賞状とメダルをもらって


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