座して半畳、寝て一畳

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「座して半畳、寝て一畳」という言葉がある。人間の生活に必要な面積は、せいぜい座れば畳半畳分、寝ても畳一畳分の大きさでしかない。だからぜいたくは慎むべき、というような意味だが、蓄えた財貨がどれほどであろうが、性別や年齢がどのようであろうが、人間である限り、結局大差はない。私はそう解釈する。

私は今、ラオス北部にあるルアンナムター県の教員養成短期大学で、数学講師に指導方法や単元に関する知識を提供し、より良い教育ができるようにサポートしている。あくまで「日本ではこういうやり方もある」といったアドバイスにとどめ、それを参考にするかどうかは彼らに任せている。「こうしなさい」と押し付けてもなかなかうまくいかないからだ。

ラオスは人口約651万人、面積が約24万平方キロメートルの国である(注1)。日本の6割ほどの広さに千葉県の人口くらいの人々が住んでいる。国民一人当たりの名目GDPは1,349USドル(注2)。1ヵ月の給与はUSドル換算で200ドル程度(注3)。客観的データからのみ考えればラオスという国は分類的には開発途上国ということになり、日本と比較すれば相当に貧しい国ということになる。

確かにラオスはまだまだこれからの国だ。首都ビエンチャンでは最近になって車を持つ人が増えたようだが、まだまだ一般的とは言い難く、移動手段はもっぱらバイクである。地方ではトイレもバケツで水をくんで自分で流すものが一般的だし、週に1度以上は停電する。寿命も日本に比べれば男女ともに10年以上短い。では、彼らは不幸なのだろうか——。私はそうは思わない。

週末は皆で集まってにぎやかにお酒を飲み、フランス発祥のペタンクという球技をして盛り上がる。皆で記念写真を撮ることも多い。結婚式があれば親せきや友だち、職場の同僚が総出で祝い、その規模は日本よりも大きい。病気をすれば家族で面倒を見て、最期の瞬間は病院ではなく家でみとる。若者は家族と国のために何ができるかを真剣に考えている。一方で、気質がおおらかなので、約束の時間に遅れたり忘れることもしょっちゅうだし、店の営業中に店員が昼寝をしていることもある。そのかわり、他人に対して「こうでなければならない」といった要求も少ない。

もちろん、経済的な理由で才能を生かすチャンスを得られない子どもや、設備や知識があればもっと長生きできる人がいることも知っている。不幸には見えないから幸せなのだろうと決めつける気も、物がないから不幸に違いないと決めつける気もない。しょせんは「座して半畳、寝て一畳」の同じ人間同士。こちらから一方的に何かを施すのではなく、彼らのより良い未来のために協力できることは何か——。それを日々模索している。与えられたこの機会に感謝をしながら。

(注1)外務省ウェブサイトによる。
(注2)2012年のラオス統計局の発表による。
(注3)筆者が活動する地方都市ルアンナムターの水準。

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結婚式でほかの招待客と一緒にダンスを踊る筆者(右端)

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なじみのトゥクトゥク(三輪タクシー)のドライバー(右)と

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短期大学の講師と(左端が筆者)


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