自信のリレー

Twitter Facebook はてなブックマーク メール

「世の中にはさまざまな仕事があるが、人を教え、導き育てるほど尊い仕事はない」

教師だった祖父が、生前、送ってくれた手紙の一文である。教師になりたてで、クラス運営や保護者との関係がうまくいかず、悩み、落ち込んでいたときのことだ。少々、大げさだし、ほかにも尊い仕事は多くあると思うが、同じ教師の道を選んだ私に、自信を持ってほしかったのだろう。

青年海外協力隊として、モンゴルの小学校に配属されて2ヵ月たったある日。2年生の教室の前を通りかかると、子どもたちの叫び声や教室を走り回る音が聞こえてきた。担任の先生がいないのだと思い、教室のドアを開けて中に入った。

一瞬、子どもたちは、「しまった!」という表情でこちらを見たが、「なんだ、日本の先生か」といった様子で、また騒ぎ始めた。子どもたちの興味を引こうとしてゲームや手遊びをすると、一瞬は興味を示すものの、言葉が不十分な私のやることに長続きはせず、またすぐにざわざわし始める。ネタも尽き、しばらくぼうぜんと立ち尽くしていると、あちらこちらで取っ組み合いのけんかが始まった。

「何をしているの。人を殴ったらいけないでしょう!」気が付くと、殴り合っている子どもの腕をつかみ、大声で怒鳴っていた。すると、ある子どもが私に30センチの定規を手渡して、「先生、これでたたけば」と言った。はっと、われに返った。感情に走ってはいけない。

教師向けセミナーで、「常に子どもの目線で。子どもが自分で考えられる言葉がけを」などと言っている。モンゴルの先生たちもそうしたいのだが、そう簡単にはいかないのだと気付いた。家庭でも学校でも、厳しく叱られて、育てられることの多いモンゴルの子どもたちを言葉だけで諭すのは至難の業である。

しかし、学校は子どもたちが大人の厳しい叱責や体罰に恐れることなく伸び伸びと学べる場でなくてはならない。そうでなければ子どもが自分で考え、自立することは難しい。ただ、そういう場にするには、教師の長きにわたる努力と工夫が必要だ。

その工夫をモンゴルの先生と一緒に考えていこう。そう決意してこの一年半、楽しい授業、子どもが考える授業を一緒に考えてきた。子どもたちのために夜中の3時まで授業の準備をしていたという先生、授業に対する子どもたちの反応をうれしそうに話す先生、子どもに対する愛情や願いは、世界共通だ。

モンゴルに来て、行き詰まるたびに、祖父の手紙を読み返しては、なくした自信を取り戻してきた。モンゴルでの任期も残り三ヵ月を切った今、ふと、モンゴルの先生たちは、自分の仕事に自信や誇りを持っているのだろうかと考えた。祖父が私に自信を与えてくれたように、今度は私が、モンゴルの先生たちの自信や誇りにつながる「何か」を残していく番なのかもしれない。

【写真】

赴任地ドルノド県。どこまでも続く草原と野生のガゼルの群れ

【写真】

日本とモンゴルの5年生で交流授業を行った(右端が著者)

【写真】

隊員と共に月1回、県教育局で教員向けセミナーを開催


【写真】

マイナス25度の朝でも元気に登校する子どもたち

【写真】

赴任当初から指導している「リコーダークラブ」の子どもたち

【写真】

発表会に向けて練習する「ソーラン節クラブ」を指導した


Twitter Facebook はてなブックマーク メール