ティンジャン(ミャンマーの正月)のモバイル・クリニックに参加して

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これまで外国の医療援助に頼っていたミャンマーは、次第に国内の医療過疎地域に対して、自らの力で医師・看護師・理学療法士(PT)の専門職からなる「モバイル・クリニック」を派遣できるまでに成長してきている。今回、私はヤンゴンの仏教関係の慈善団体が行った、北部ザガイン管区の小さな農村での医療活動に参加する機会を与えられたので報告したい。

ティンジャン(ミャンマーの正月)前日の4月11日夜、一行総勢約40人は自前の大型バスでヤンゴンを立ち(私は12日早朝の飛行機でバガンに飛び、そこでパゴダ参拝中の一行に合流)、翌12日の夕方5時にモンユワという町に達し、そこから小型の車に分乗し未舗装の凸凹道を1時間かけて、シュエ・フライン村という無医村にある僧院に到着した。   

翌朝早くから村人が次々と僧院にやってきた。

受付で氏名や症状を書いて診察券を作り、血圧などを計測し、5人の医師の診察部門に回る。薬が処方された患者は調剤部門で受け取り、リハビリが必要な患者はリハビリ部門に回ってくる。腰や膝が痛い患者も多く、11人のPTがフル回転で順に担当し、肩や脳卒中の上肢の障害は作業療法士(OT)の私が治療した。PTはみんなロンジーという素敵な巻きスカート姿で優美だが、たくましく訓練していて、若くてもミャンマーの女性はしっかりしているなと感心した。

三度の食事は、僧院の外の建物で村人が総掛かりで作っては僧院まで運び、給仕も村人がみんなで協力して行った。朝食べたおかずが昼にも出たりして、決して豊かではない生活を感じさせたが、心のこもった料理と給仕に、感謝の気持ちでいっぱいだった。

活動最終日の14日は夕方4時に終わったので、PTたちと村を見学に行った。

各家は敷地も広く、人間の数よりも牛の数の方が多い。牛は農耕には必要で大切に世話していたが、村の交通手段として牛車を仕立てて、どこに行くにも二頭立ての牛車に乗るので、私たちも立ち寄った家の牛車に乗せてもらった。

牛車は思ったよりも速いが、道が乾期のラテライトの土(赤土の土壌)のため、牛車が通ると視界が見えないほど土煙が上がる。おまけにティンジャンは別名「水掛け祭り」と言われているように、あちこちの辻には子どもたちがバケツや水鉄砲で待ち構えていて、私やロンジー姿の女性めがけて問答無用に水をぶっかけるので、みんなびしょ濡れになって僧院に戻った。

しかし心はなぜか満たされ楽しかった。電気もガスも水道もない生活だが、民衆はゆったりと、おおらかに生きていた。

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僧院の建物。一階がクリニックの会場、二階が一行の宿泊場所

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建物の入り口の受付場所。多くの村人でごった返した

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リハビリ部門の2つのベッドはたえず患者でいっぱいだった


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子どもの訓練もPT総掛かりで行った

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リハビリ後、「牛車のタクシー」で帰宅する脳卒中患者と家族

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夕方、牛車を連ねて村内散策。一番後ろは土煙で前が見えず


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