人身取引−現場から考える問題解決への糸口−

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首都バンコクから北に約300キロメートル、都会の喧騒とは無縁の場所に「ソンクウェー女性保護・職業訓練センター」はあった。その一室で、女の子たちが静かに座禅を組むのを見ていると、一人が「お母さんに会いたい」とぽろぽろ泣き始めた。「お母さんに会ったとき、お手伝いできるように立派になろうね。そのためには、今がんばろうね」そうタイ語で励ましたのは、日本人女性、青年海外協力隊員の中元博美さんだった。

タイ北部ピッサヌローク県の外れに位置する同センターは、人身取引の被害者となるなど、さまざまな問題を抱えた女性たちの保護施設。入所者の大部分は、10代前半の少女たちだ。ここでの職業訓練などを通して、退所後の社会復帰を目指す。

急速な経済発展や情報のグローバル化に伴い、タイでは1980年代以降、人身取引が多発している。タイは、日本やアメリカ、欧州諸国などへ人身取引の被害者を移送する「送出国」であり、またラオスやミャンマー、カンボジアなどメコン地域から連れてこられた被害者をさらに他の国に移送する「中継国」であると同時に、メコン地域からの被害者の「受入国」ともなっている。このようなことから、タイにおける人身取引対策は大きな開発課題の一つとなっている。

ソンクウェー女性保護・職業訓練センターで、将来を前向きに考えてもらう第一歩として、少女たちが初めの数ヵ月間を過ごすのが、中元さんの担当する「初期入所室」である。ここでは、職業訓練に取り組む前段階として、情緒の安定・回復や自己効力感(注1)の向上を図る。中元さんは、退所後の少女が社会的に自立し、再び人身取引に巻き込まれることのないよう、精神的成長を支援している。

約2年前に彼女がこの施設に来たとき、初期入所室の少女たちは放置されている状態で、精神面へのサポートが軽視されていた。殺風景な部屋を明るく飾り付けることから始め、試行錯誤を重ねながら改善を進めてきた。普段は元気に見える少女たちも、それぞれの悩みを抱えている。座禅を通して自分の内面を見つめ直す時間を日課として取り入れたのも、中元さんだ。今では、さまざまなアクティビティや日課を通して、情緒の安定のみならず、決められた時間に行動する習慣や、集団行動での協調性を身に付けることも期待できるようになった。

「初期入所室に入った当初は脱走を何度も試みたような問題児が、今では真面目に職業訓練を受け、責任ある係を任されるほどのしっかり者になりました。成長が感じられる瞬間はとてもうれしいです」と中元さんは語る。その少女は、卒業試験が終わり、まもなく退所する予定だという。

一人が無事退所しても、ほかの一人がまた入所してくる。このような施設に入らなければならない少女を一人でも減らすため、私たちには何ができるだろうか。

中元さんは、問題の根本的な解決のためには啓発活動が重要な糸口になると考えている。被害者を支援する中で、加害者を減らすアプローチも重要と認識し始めた。「人身取引は、世界中の人々が関与してしまう可能性を持っています。ですから、できるだけ多くの人に、問題意識を持って欲しい」。

問題意識を喚起するため、新聞やフリーペーパーなどに人身取引問題についての記事の寄稿もしてきた。また、施設に外部講師を招いてのワークショップ開催も予定している。まずは施設の少女たちに、自分たちが巻き込まれた問題を正しく認識し、問題意識を持って社会に出てもらうことも、啓発活動の一環になるだろう。

タイは、経済成長を遂げ中進国(注2)となった。近年は、従来の貧困による人身売買のみならず、インターネットやSNSを通して大人にだまされた背景を持つ入所者も増えたという。メディアが中元さんのような立場の人からの正しい情報を積極的に発信し、啓発活動の充実につながることを願う。

(注1)何らかの課題に直面した際、こうすればうまくいくはずだという期待(結果期待)に対して、自分はそれが実行できるという期待(効力期待)や自信のことをいう。
(注2)一人当たり国民総所得(GNI)が4,126ドル以上、7,184ドル以下の国(国連、世界銀行の分類、2015年4月改定による)。

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中元さんが中心となって開催したワークショップ

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施設の一画

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明るく飾り付けられた初期入所室


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施設内には遊具も備えられている

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