黒い聖母像のある教会-マザーテレサゆかりの地、コソボ

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コソボといえば、トルコの町並みに似た南部プリズレン市の旧市街や、世界遺産群に指定されているセルビア正教教会や修道院を訪れたことのある方が多いかもしれません。そんなコソボが、マザーテレサゆかりの地であることはご存知ですか?

本題に入る前に少しコソボについて説明します。

バルカン半島中部に位置する、ヨーロッパで一番若い国コソボ(2016年2月に8歳になりました)は、多民族国家として2008年にセルビア共和国からの独立を宣言しました。人口約180万人の小さな国は、岐阜県と同じ面積に相当します。その人口を民族別に見ると、アルバニア人92パーセント、セルビア人4パーセント、ボスニア人2パーセント、その他となっています。そして、大多数のアルバニア人は、その97パーセントがイスラム教徒、3パーセントがローマカトリック教徒に属します(注)。

この少数派であるカトリック教徒の父(コソボ南部プリズレン出身)と母(コソボ南西部ジャコバ出身)の元に、1910年8月、アニエーズ・ゴンジャ・ボヤジウという女性が生まれました。アニエーズは子どもの頃から信心深く、教会に足しげく通い、伝道師の物語に魅了されていたといいます。

その彼女が礼拝によく通った教会の一つが、コソボ南東部ヴィティのレトニッツァ村にある、「黒い聖母教会」です。この教会は1866年に建てられましたが、1924年の地震で崩壊、現在の教会は1925年に再建されたものです。

この教会の名前の由来であり、内部に祭られている黒い聖母(ブラックマドンナ)は木像で、約400年前に造られたと言われています。村の言い伝えでは、この聖母像の作者はミケランジェロの弟子だと信じられています。また、この地域には約700年前にクロアチア人が移り住んだとされており(1999年のコソボ紛争後、この地域のクロアチア人の多くはコソボを離れています)、昔から毎年8月15日に行われるミサはアルバニア語とクロアチア語で行われています。そして、今でもミサに合わせて海外から巡礼者がバスに乗って訪れます。

1928年8月、その「黒い聖母教会」で両親と一緒にお祈りをしていたアニエーズは、ミサの最中に神の声を聞き、自身も伝道師となることを決意したのだといわれています。このアニエーズこそが、後にインドのコルカタで貧しい人々のための活動を始めた、あのマザーテレサなのです。

コソボは民族紛争やその傷跡だけがフォーカスされることが多い国ですが、このように魅力的な面も持っています。最近では「まだ見ぬ世界を」とコソボを訪問される観光客の方も多いです。皆さんもぜひ、コソボの隠れた魅力を探しにいらっしゃいませんか?

(注)1389年のコソボの戦い以前、コソボのアルバニア人の多くはカトリック教徒だった。

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「黒い聖母教会」とその周辺

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教会に祭られている黒い聖母像

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教会外部の様子


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教会内部の様子

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春になると花が咲き乱れる教会周辺地域

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