離島の数学教師

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パプアニューギニアはニューブリテン島、首都ポートモレスビーから約800キロ離れたその島の外れに、僕の配属先はある。僕はそこでアッパーセカンダリー(日本の高校に相当)理系数学の専任教師として活動している。

朝6時半、マーケット前で学校行の公共バスを待つ。ここから学校まではだいたい40分。始業時間は8時。ところが、7時なっても、7時15分になっても公共バスは来ない。7時25分くらいにようやく最初のバスが来て、その日は何とかギリギリ始業時間には間に合ったが、4~50分余裕を持って着いていてもこれである。教師用の住居が学校にあるので僕はたまにしか通勤しないが、生徒はこれが毎日。

授業が始まっても、すべてのクラスに教師がいるとは限らない。サボっているわけではない。教師不足の影響で、一人あたりの持ちコマが週30コマ以上になっていて手が回らないのだ。日本では20コマでも多い方。ましてや30コマ。

「休日は?」と生徒に聞くと、畑の手伝いや草刈りがあるのだという。家に帰っても勉強ができる環境が用意されているわけではない。加えて、頻繁に起こる停電。

高校卒業者のうち大学、ティーチャーズカレッジ、看護師カレッジなどに進学できるのは約2割。クラスの中のほんの一握り。

「人には平等にチャンスがある」なんて言う人がいるが、生来人はやっぱり平等なんかではないと思う。勉強がしたくてもできない。その理由を挙げればキリがない。言い訳だっていくらでも考えられる。仕方のないこと。

ただそれでも、やる生徒はやる。

あるとき、学校のウオータータンクの修理が必要になって、急きょ学校が休校になったことがあった。その日はちょうど3コマの数学がある日だったが、ウオータータンクの問題に限らず、これまでもいろんな理由で授業がつぶれることはあったので、これも『仕方のないこと』のひとつとして僕は片付けようとしていた。

すると、クラスキャプテンが僕のところにやってきて言うのだ。「校長にはもう許可をもらってきたから、明日数学の授業だけはやってほしい」と。本当に来るのか半信半疑だったが、そういうことなら、と僕は引き受けた。

翌日、さすがに全員は来なかった。でも8割の生徒が来た。誰に言われるでもなく自分の意志で。朝早くからマーケットで公共バスを待ち、長い時間をかけて、学校に来たのだ。うれしかった。でもそれと同時に僕の心の中には悲しい気持ちがあった。これでも、この集まった8割の生徒全員が大学に行けるわけではないのだから。

パイロット、エンジニア、これが彼らの将来の夢である。圧倒的な技術への憧れ、手に職をつけることへの切実。勉強を妨害するいろんな言い訳材料がある中で、将来なりたい自分のイメージ、それが唯一の彼らが勉強を続ける源としてある。

僕の活動は数学を教えること。それ自体はきっと日本でもどこでもたいして変わらない。特別なことは何もない。ただ、この2年の間に僕は、彼らにとっての『仕方のないこと』の幾つを取り除く後押しができるだろうか。

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ニューブリテン島の外れ、配属先の入口ではサインボードが迎える

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青い空と赤い屋根の校舎のコントラスト

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理系クラスは10~15人の少人数制


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同僚教師向けの勉強会と、作成中の理系数学テキスト

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受け持つ日本の高校2年に当たる理系クラス

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夜は校舎の上に満天の星が降る


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