ソロモンと日本

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夜9時、成田空港を発つと翌日の昼過ぎにはソロモンの首都ホニアラのヘンダーソン空港に到着する。時差は2時間。ソロモンは1,000以上の島からなる、日本からとても近い国だ。

ソロモンに派遣されて1年が経過した。「どこから来たの?」と聞かれ、「Japan」と答えると、誰もが「Japan! Nice!」と言ってくれるなど、ソロモンの人たちの親日感情を日々感じながら過ごしている。どうしてこんなにと思うほど、ソロモン人は日本と日本人のことを好意的に思ってくれているようだ。町を走る車の99パーセントは日本製で、車だけ見ていれば日本と錯覚するほどである。日本への興味、関心も高く、昨年の8月15日には「今日は日本の終戦記念日だね」と、道行くソロモン人に声を掛けられた。

私が住んでいるウエスタン州のノロという町は、「ソルツナ」というソロモンの国民食であるツナ缶を作っている町だ。勤務先の町役場には「Noro is Tuna town」という看板が掲げられている。ソルツナは、1970年代前半、日本の大洋漁業株式会社(当時)とソロモン政府による合弁会社「ソロモンタイヨー社」が製造したのが始まり。そのため、町を歩いていると、「おはよう」「ありがとう」と日本語で声を掛けられることもよくある。本当に居心地の良い国で、私はソロモンが、自分の住むノロが、大好きだ。

しかし、恥ずかしながら私は派遣が決まるまで「ソロモン」という国がどこにあるのかさえ知らなかった。多くの人が「ガダルカナルの戦い」という言葉を聞いたことがあると思うが、「ガダルカナル」がソロモンの首都ホニアラのある島の名前だということを初めて知った。首都ホニアラのヘンダーソン空港かいわいをはじめ、ノロから見えるコロバンガラという山がそびえる地域、隣町のムンダなど、すべて第2次世界大戦時の激戦地である。日本から遺骨の収集に来た人にも会った。

いまだに7,000を超える日本人の遺骨がこの地に眠っていると聞く。ソロモン人は日本のことをよく知っている一方、自分がいかにソロモンについて知らないかを痛感するが、帰国後、私は再び教壇に立つ予定だ。未来を担う子どもたちに戦争のことを伝えるとともにソロモンの良さも伝えていけたらと、今からその時を心待ちにしている。

※筆者は現職参加(所属先:京都市立藤森中学校)



(関連リンク)

各国における取り組み ソロモン

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ソロモン航空のロゴは国旗柄

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戦時中、日本軍が潜んでいた洞窟

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アメリカ軍、日本軍が使った日用品や手投げ弾


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コロバンガラ山とノロ港に停まる船

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私の配属先、ノロ町役場前の看板

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どこまでもきれいなソロモンの海


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