【温故知新】40年前の技術協力現場を訪ねて—ビハール州アラー

2009年6月3日

JICAインド事務所は1966年4月の創設。それ以前から行われていた技術協力は日本大使館の斡旋により、日本の民間機関が実施で関わる形が取られていました。2009年5月、そうした古き技術協力の現場を訪ねて、ビハール州アラーに行ってきました。

1.日印農業普及センター計画

インドでの農業協力は、昭和30年頃ビハール州ラージギルにある日本山妙法寺に宿泊していた日本人青年6〜9名が稲作に従事したことで始まったと言われています。その後日本大使館の斡旋によりうち4名がウッタルプラデシュ州サハランプール近郊でも稲作に従事し、小規模農地での米作の生産性向上に成果を挙げたことが評価され、「日本式稲作」がインド政府の関心を引くようになりました。1962年4月、模範農場設置協定が締結され、北インドで農場が4箇所設置されましたが、そのうちの1つがアラー農場です。

アラー模範農場での協力は、稲作、農機具、普及といった分野で日本人専門家が派遣され、JICAインド事務所が設置されて後、「農業普及センター」と名称を変え、1975年まで続けられました。アラー・センターでは、導入した稲の品種がセンターが所管するシャハバード県(当時)の作付の50%にも達したことや、自動耕耘機の導入とその性能が地域農民に強い影響を与え農機具改善による生産性向上への意識が高まったことなどが報告されています。

2.アラー・センターの今

【写真】

中央がディベディKVK所長、向かって右隣がシンさん。

アラー・センターは現在アラー農業科学センター(Krishi Vigyan Kendra, KVK)に改組され、ビハール州各県に設置されているKVKの1つです。しかし、アラーKVKについては現在も「JapaniFarm」の通称の方が地元住民からはよく知られており、今次出張でパトナからアラーへの移動で使った借上車両の運転手も「Japani Farmのことは知っている」と語ってくれました。

KVKの業務は、(1)農業技術の実証試験、(2)農民に対する営農指導、(3)農業普及員に対する研修、(4)種子生産農家に対する支援の4本柱からなります。場内には試験と研修に必要な設備が配置され、3人の専門家が実証試験や研修準備・実施に関わっています。ディベディ所長によると、1ヶ月のうち10〜15日はセンターでの研修準備及び実施に充て、残る時間はモデル農家における実地研修や研修受講者の巡回指導に充てているそうです。また、近年の爆発的な携帯電話の普及はビハールの農村部でも進んでおり、農民は質問があればその場でこうした専門家に連絡を取り、必要なアドバイスを受けています。こうした問合せは1日50件に及ぶといいます。

当時の日本人専門家と直接交流をしたという方にも会いました。当時センターの若手スタッフだったシンさん(58歳)です。県農業事務所に勤めている彼は今でも日本人専門家全員の名前をよく覚えており、アラーでの日本人専門家の活動について克明に語ってくれました。自ら率先して働いたことや、地域の風俗習慣の尊重、仕事に向かう上での強い責任感等を学んだといいます。ディベディ所長によれば、当時ビハールにはなかった条植えのノウハウを普及させたことが日本人専門家の功績として大いとのことでした。

KVKはセンターでの研修だけではなく現場での知識の定着も重視し、かつ農業技術だけではなく、代替エネルギー普及や有機農業、マイクロファイナンス、食事栄養等、農業経営全体を包括的に捉えた研修を行い、さらに新技術も上手く適用している一端が窺え、こうしたフロントラインでのグッドプラクティスを知るという意味でも、今後も何らかの形でKVKの活動にJICAとしても関わっていけたらと思います。

インド事務所 山田