大豆収量が倍増!−インドにおけるJICAの貢献が結実−

2017年4月12日

1.インドにおける大豆生産とJICAの技術協力

インドは大豆生産量約1,050万トンを誇る世界第5位の大豆生産国で、日本の大豆生産量約23万トンの約45倍の量を生産しています(注1)。インドで生産される大豆のほとんどは食用油として使われていますが、国内の需要が非常に大きく、多くの食用油を輸入している現状があります。その一方で、インドでは遺伝子組換え品種の大豆生産が許可されていないことから、インド国産の大豆かすは、日本を含む、遺伝子組換えでない作物を好む国々に輸出されています。

インド中央部のマディヤ・プラデシュ州(Madhya Pradesh州(MP州))は、国内生産量の約5割を占めるインド最大の大豆生産州(注2)ですが、大豆平均収量は1ヘクタールあたり約1トンと、「国際半乾燥熱帯作物研究所」という国際機関が定めるインドの目標収量(1ヘクタールあたり2トン)と比べてはるかに低い水準に留まっています。また、MP州農村部の統計を見ると、貧困人口は約1,900万人、貧困率約36%、インド第4位の農村貧困州となっており(注3)、大豆生産の大部分は小規模な貧困農家によって担われています。

JICAはここMP州において、小規模な貧困農家に適した低コストで導入しやすい技術体系を構築し、大豆の生産性を向上させるために、2011年6月から2017年2月まで技術協力プロジェクトを実施しました。

(注1)FAOSTAT, 2014
(注2)SOPA Databank
(注3)Press Note on Poverty Estimates, 2011-12, Government of India Planning Commission, July 2013

2.JICAの技術協力で大豆収量が倍増

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最終成果報告会の様子

その最終成果報告会で、プロジェクト成果を誇らしげに語るのは、技術支援を受けた現地の州立大学(注4)の研究者たちでした。州立大学や農家の畑での実証実験を通じて確立された技術を組み合わせることで、この地域における昔ながらの栽培方法で栽培された畑と比べて約2倍(一部では約3倍!)の収量を達成したのです。

効果が実証された推奨技術は「大豆栽培ガイドブック」に取りまとめられ、現場実務者の意見を反映しながら改訂を重ね、最終成果報告会の場で発表されました。

ラジョーラMP州農民福祉農業開発局次官からは、日本の技術協力に対する謝意とともに、同ガイドブックを活用した成果の普及・拡大に向けた強い意向が示されました。

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大豆栽培ガイドブック

ガイドブックは近日中に30,000部印刷され、大豆栽培農家向けに配布されるほか、農業科学センター(Krishi Vigyan Kendras、KVK)職員や農民福祉農業開発局の普及員により、大豆栽培農家向け支援のため、今後幅広く活用されることになります。

技術協力の立役者である総括を務めたJICA専門家・谷脇憲さん(宮崎県出身)は、MP州政府や研究者たちの議論をにこやかに見守っていました。今日に至るまでの長かった道のりに思いを馳せながら

(注4)ジャワハルラール・ネルー農業大学(Jawaharlal Nehru Krishi Vishwavidyalaya: JNKVV)や州立ラージマタ・ヴィジャイラジェ・シンディア農業大学(Rajmata Vijayraje Scindia Krishi Vishwavidyalaya:RVSKVV)

3.谷脇さんの取組み−農業機械の開発から市販化まで−

谷脇さんが初めてMP州を訪れたのは2012年6月。前任の小林創平さんの声かけに応じ、農業機械開発のJICA専門家として2週間、業務を行いました。谷脇さんが最初に驚いたのは、旧宗主国であるイギリスが1950年代に持込んだ、日本では博物館に展示されているような機材の原型がそのまま使われ続けていたことです。これらの機材は、作業効率が悪い上、土を深くまで耕せない、種を地表から同じ深さに植えられない、といった生産性に影響する大きな問題を抱えていました。

「イギリス人が持込んだ技術を何の技術革新もないまま70年間使い続けてきたなんて…MP州の土地にあった農業機械を開発しなくてはいけない。(谷脇さん)」

思いを強くした谷脇さんが本格的な機械製作に取り掛かったのは2013年12月。このときはJICA短期専門家として3週間という短い滞在期間しかなかったため、まずは突貫工事で一部の農業機械を改良しました。

そして、JICA技術協力プロジェクト総括として赴任した2014年5月以降、次々と新しい農業機械を開発していきました。そのきっかけとなったのが、農家の畑での杭打ち作業中に発見した、地中5-15cmにできた「耕盤」と呼ばれる固い土の層でした。MP州の農家は、簡易な除草機や耕うん機をトラクタで牽引(けんいん)し、何度も畑に入ります。日本であれば種まきまでに農家が畑に入るのは1回だけですが、MP州の農家は約10回入ります。その結果、トラクタの重圧で土が固まり、耕うん機で耕す地表より少し下に、固い土の層が形成されてしまい、根の成長を阻害する要因となっていたのでした。

この問題を解決するためには、固い土の層を壊すとともに、この固い土の層が形成されにくくなるような栽培法を適用する必要がありました。

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プロジェクトで開発した農業機械

そこで、谷脇さんがまず開発したのは、「振動サブソイラ」と呼ばれる、固い土の層を破壊する農業機械でした。振動サブソイラはトラクタで牽引して使われますが、MP州の土の多くは日本より重い粘土土壌で、日本製の振動サブソイラでは折れ曲がってしまうため、谷脇さんは、土の重さ、掘るべき深さ、トラクタの牽引力などを計算して、MP州の土壌に適した振動サブソイラを開発したのです。

さらに、谷脇さんの設計により、土を盛り上げて畝(うね)を作りながら、種まきも同時に行う農業機械も開発しました。この農業機械を使えば、草取り作業も不要になるため、農家の作業量やトラクタ稼動などで必要となる経費が大幅に軽減できるようになりました。また、毎年時期の異なる雨期の到来に合わせ、計画的に畑の準備を行うのは大変ですが、この農業機械を使うことで、雨期到来のタイミングで一度に作業を終えられるようになりました。

これらの農業機械開発は、MP州の南にあるマハラシュトラ州(Maharashtra州、MH州)プネ市のロヒット・スチール社に技術指導を行う形で行われました。当初、MP州内で適切な設備を持つ業者が見つからず、苦労して探していました。そこに、JICAの過去の本邦研修で農業機械のトレーニングを受けたことがあるという、プロジェクトとは直接関係のないインド人研究者から連絡があり、彼の紹介でロヒット・スチール社とつながりました。JICAの協力を通じたネットワークが役に立ちました。

ロヒット・スチール社は、谷脇さんの設計・技術指導をもとに新しい農業機械を次々と開発。この技術協力プロジェクトで開発した農業機械は既に市販化されています。

2015年12月に開催された農業機械の展示会では、プロジェクトで開発した農業機械が賞を獲得。2016年12月に開催された農業機械の展示会でも、インド政府による補助金事業の決定に関与している農業機械協会(Institute of Agriculture Machinery)が振動サブソイラに関心を示し、普及拡大に向けた協議が行われました。

「できなかったことが一つあります。農業機械の単価をもっと下げることです。日本と比べればはるかに安いですが、もっと安価なものを作りたかった。プロジェクトが終わっても、図面を書いてロヒット・スチール社に送るつもりです。(谷脇さん)」

関係者からどれだけ評価されても、そこで立ち止まらず、常に改善点を探し出しては提案・実践を続ける谷脇さん。その前向きな姿勢は、インド人研究者の技術だけでなく、物事への取組み姿勢や考え方そのものにも良い変化をもたらしてきました。

4.各分野の専門家の活躍−土壌成分の解明や病虫害対策の進展−

「この技術協力プロジェクトは、各分野の専門家のご活躍なしには語れません。特に、土壌成分の解明に貢献くださった阿江教治先生、病虫害対策の進展に貢献くださった野田博明先生、和田節先生、服部誠先生、農学者として貴重な助言・示唆をくださった松尾和之先生、最終年の農家の畑での実証試験を全面的にサポートくださった西脇健太郎先生、重田一人先生、岡元英樹先生、そして業務調整としてプロジェクト活動を強力にバックアップしてくださったJICA業務調整員の大畑真理子女史には感謝の気持ちでいっぱいです。(谷脇さん)」

谷脇さんの言葉どおり、この技術協力プロジェクトでは、日本から一流の大豆栽培研究者・実務者がJICAを通じて数多く派遣され、多くの成果を残してきました。特筆すべき成果として、土壌成分の解明と病虫害対策の進展が挙げられます。

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土壌成分の分析

MP州では、作物の成長に欠かせない「リン酸」という成分を多く含んだ輸入肥料が広く使われています。これは、MP州の土には、リン酸があまり含まれていないと考えられていたからでした。一方、インド中央部の土壌は、「黒綿土(こくめんど)」と呼ばれる肥沃な土壌で、本来はリン酸が豊富に含まれているはずであり、阿江さんは、リン酸の測定方法自体が不適切なのではないかと考えました。そこで、これまで使われてきた方法ではなく、MP州の土壌に適した方法で改めて分析し直し、約3年間に亘る実証実験を経て、MP州の土壌にリン酸が豊富に含まれていることを証明しました。

現地肥料会社によると、現在流行しているリン酸を多く含む肥料では1トンあたり約21,000インドルピー(約35,700円)ですが、プロジェクト成果を踏まえると、MP州の大豆栽培に最適な肥料は1トンあたり約12,000インドルピー(約20,400円)と約6割の価格で生産可能とのこと。

「これは驚くべき事実です。インド全土に大々的に宣伝すべきです。(現地肥料会社)」

黒綿土はデカン高原一帯に堆積しており、この発見はMP州だけでなく、近隣のMH州、カルナタカ州、アンドラ・プラデシュ州、テランガナ州にも関係します。

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ウイルスを媒介するコナジラミ

MP州では、作物の発育を阻害するウイルスへの対策が、大豆栽培における重要な課題となっています。特に2015年には、「イエローモザイクウイルス(Yellow Mosaic Viruses: YMV)」と呼ばれるウイルスが猛威を振るい、大豆生産に甚大な被害をもたらしました。JICA専門家・野田さんの尽力により、このウイルスへの対策の第一歩として、ウイルスを媒介する0.8mmのコナジラミ(シラミの一種)からウイルスを肉眼で摘み取り、そのウイルスの遺伝子情報を明らかにする技術が州立大学の研究者に伝えられました。この技術は過去にインドで実践されたことがなく、ベテラン研究者ほど「実現できるわけがない」と考えていた高度な技術でしたが、今では若手研究者も含め、多くのインド人研究者がこの技術を習得しました。この成果を踏まえて、ウイルスの感染経路を特定できれば、ウイルス対策が大きく前進します。また、このウイルスの遺伝子情報が明らかになったことで、MP州内で感染しているウイルスの種類が、従来考えられていたものとは別の種類であることも明らかになりました(注5)。この研究成果は、米国で開催された国際昆虫学会でも発表されました。

さらに、JICA専門家・服部さんやJICA専門家・野田さんらによって、大豆の「種」の遺伝子情報を分析する技術が伝えられました。この技術を用いれば、実際に大豆の成長を待たなくても、将来どのような特徴を持った大豆が育つか「種」の状態で分かるようになり、今後、ウイルスに対して抵抗力の強い品種の開発が飛躍的に進むことが期待されます。

高度な技術だけでなく、農薬の危険性や正しい使い方などを伝えるため、JICA専門家・和田さんは足しげく農村に通いました。農家が危険な薬品を素手で触っているにも関わらず、州立大学の先生がすぐ近くにいながら何も助言できていない…。そんな状況を改善すべく、中学生を主な対象として教育し、文字の読めない大人たちに情報を伝えてもらうようにしました。

インドにおける枝豆栽培といった新たな取組みも行ってきました。谷脇さんが在インド日本人コミュニティ向けの枝豆を開発。品種の問題で冷凍保存には失敗しましたが、枝つきの枝豆については、在インド日本人コミュニティからも高い評価を得ました。現在、日系企業と協力して新たな品種の開発に取組むこととなっており、成功すればMP州ボパールの農家で実験栽培を行うところまで話が進んでいます。今後、品質の高い枝豆栽培を本格化させることができれば、大豆栽培農家の更なる収入向上が期待できます。

(注5)従来は、Mangbean Yellow Mosaic Virusという種類だと考えられていたが、Mangbean Yellow Mosaic India Virusという別の種類であったことが判明した。

5.持続的発展へ

最終成果発表会で、プロジェクト成果を誇らしげに語る州立大学の研究者たちに、谷脇さんは温かい眼差しを向けていました。当時は実験室さえまともに整備できておらず、古い考え方で頭が凝り固まって、新しいことになかなか取組もうとしなかった研究者たち。何度も声を張り上げ、叱咤激励し続けてきたJICA専門家たち。その功あって、今では、現地の研究者たちも自身の研究分野において主体的に考え、実証実験を行うなど、研究への取組み方や姿勢に大きな変化が見られるようになりました。

「プロジェクト参加以前は、数ある課題に対しどのような順番で取り組めばよいか判断できませんでしたが、『一つずつ』課題を解決していくという研究の根本的な考え方を学びました。この教えは、これから先の研究にもずっと生きていくものだと思います。(州立大学研究者)」

JICAの技術協力は、協力が始まったその日から「出口」を探します。すなわち、JICA専門家がいなくても活動が継続できるよう技術移転を行うわけです。この技術協力プロジェクトでも、「インド人のインド人によるインド人のための」開発が持続していけるよう、技術移転が行われました。

「2015年にYMVが大流行して大豆栽培に深刻な被害をもたらした際、どう対処すればよいか分からずパニックになりましたが、今ならこのガイドブックで対処できます。プロジェクトは終わりを迎えますが、我々の活動はここからが本番です!(ラジョーラ農民福祉農業開発局次官)」

谷脇さんはじめ、JICA専門家がMP州に撒いた種が今、大きく花開こうとしています。

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大豆の花

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総括を務めた谷脇憲さん