第8回JICA-JISNAS(農学知的支援ネットワーク)フォーラム開催報告

2019年12月11日

第8回JICA-JISNAS(農学知的支援ネットワーク)フォーラムが2019年12月11日(水)に東京・市ヶ谷のJICA研究所600セミナールームで開催されました。

本フォーラムは農業・農村開発及び水産分野における特定テーマについて、JICA、JISNAS間で討論・意見交換を行い、双方の知見を深め、若手人材の積極的かつ主体的な参加を奨励して能力開発を図ることを目的として開催するフォーラムです。
今年度は、JISNAS設立10周年記念「国際協力の新たな方向性と今後の挑戦-大学にとっての国際協力の意義とは-」をテーマに大学、関係機関から約60名が参加し、講演、パネルディスカッション、意見交換が行われました。

今回のフォーラムでは、2018年より開始したJICA開発大学院連携構想に基づく農林水産分野における留学生事業の拡充、多様なアクターにより創造されるイノベーション促進、本邦企業の海外展開を見据えた開発途上国及び我が国の人材育成、国際協力を通じた地方創生支援をテーマに、JICAとJISNASの連携に係る過去10年間の振り返りと進むべき未来の姿について議論がなされましたので報告します。

冒頭、山田上級審議役より挨拶において、今回のフォーラムの論点として、1)新興国において途上国の人材確保に向けて様々な動きをしている中、いかに日本が魅力的な人材育成プログラムを提供し人材育成における国際競争力を確保していくか、2)企業などとの社会的なネットワークをどのように強化していくか、3)地方創生のために、途上国人材の受け入れ先である産業界が同人材をどのようにして途上国での事業展開の架け橋や国内の地方を活性化に生かしていくべきか、の3点を挙げました。これらの論点に対応するために、JICA開発大学院連携による「10年間で1,000人の受入」とその留学生を対象とした「日本の開発経験」の理解促進教材開発、また2019年4月に設立されたJICA食と農の協働プラットフォーム(JiPFA)による従来のODAの枠にとらわれない産学官連携の強化などの手段を挙げました。

挨拶に引き続き、第一部は「JISNAS設立からの10年間:JICA-大学連携の成果と課題」を取り上げ、名古屋大学農学国際教育センターの江原センター長より、各大学が国際協力への参入障壁を下げるためのネットワークづくりやワンストップサービス機能の強化を通じ、農学人材育成のためのオールジャパン体制の構築を成果の総括として述べられました。また、今後の課題として、各大学より留学生受け入れや特に安全管理に関する学生の海外への送り出しに係る情報提供、若手人材のキャリアパスなどの情報発信を通じたキャリア支援の要望が多いことを踏まえ、提供する情報の質の向上、関係者との検討の中で出てきた課題対応に注力する旨が述べられました。

続いて帯広畜産大学の木田教授により、同大学のパラグアイ・イタプア県小規模酪農家プロジェクトへの学生の協力隊(JOCV)派遣を事例とし、大学側にとってのJICAボランティア事業の意義と課題の発表がありました。意義として、1)日本を代表して派遣されていることの自覚による責任感の醸成、2)学生でも「病気の減少、乳量・乳質の向上等、一国の酪農産業構造を改良できる」という達成感の体験、3)長期的な異文化交流による価値観の多様性や柔軟な思考の修養、4)学問への意欲向上や自身の限界認知とその限界を超えるための向上心の醸成等の学生の好ましい変化等、人材育成への大きな関与を述べられました。課題として、ホームページ、帰国報告会、口伝等による情報発信等によるJOCVへの継続的な応募促進に係る取り組みを挙げられました。

九州大学の野村講師からは、大学側にとってのJICA開発大学院連携・留学生事業の意義と課題について発表がありました。意義として、1)JICA開発大学院連携プログラム修了証明により留学生、日本人学生双方ともに就職などにおける実績のアピールに活用できること、2)日本が実際にどのように発展してきたかを学んだ後に母国の現場を見ることで、発展に向けてのベクトルを共有できること、3)留学で得た知識を母国の現場に活かしたい帰国留学生がJICAのプロジェクトなどと連携する等の組織的な研究交流、4)留学生の教え子が日本に学びに来るなど、次世代の学生の育成につながる可能性などが挙げられました。これらの意義に加え、九州大学元留学生でベトナムのカントー大学Vo Ton Xuan博士の、「技術の背景にある法律や制度、生産現場を知ることで日本だけでなく母国にも使える普遍的な知識の重要性に気づいた」という言葉は、いかに留学生と日本の社会をつなげるかという、今後の留学生受け入れのあり方について示唆に富むものであるとして強調されました。課題として、各成果を有機的につなげるために長期的な視点での評価、どのようなアウトカム指標をもって評価していくかの継続検討、円滑な運営のための就学支援費調達を含む事務体制の構築、留学生プログラムにより支援体制にばらつきがある現状を改善するための就学支援のレベルの統一化などに関する必要を挙げられました。

地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)の成果と課題についてJICAの浅沼国際協力専門員より発表がありました。成果として、1)科学技術の競争的研究資金と政府開発援助(ODA)を組み合わせたこれまでにない独創的な枠組みであり日本と相手国の科学技術プロジェクトとして認知され日本の強みを活かした科学技術外交に大いに貢献していること、2)SATREPSの3つの目標である、国際科学技術協力の強化、地球規模課題を解決するための科学技術水準の向上と知見や技術の獲得とイノベーション、人材及び研究施設設備等のキャパシティ・ディベロプメントが2016年に実施された科学技術振興機構(JST)の外部評価で全て達成という評価であったこと等が挙げられました。課題として、「社会実装」の定義を明確化し一定の基準による評価体制構築の必要性、成果発現の兆しがみられる場合でもプロジェクトの終了後、その成果を成長させる仕組みがない現状改善のためのフォローアップ体制の検討、JICA開発大学院連携で招聘する留学生のフィールドワークの研究拠点としてSATREPSのプロジェクトで育成した研究組織を活用するなど有機的な連携の重要性などを述べました。

第一部の質疑応答についてフロアから、人材育成の持続性確保について質問があり、キーパーソンの存在とともにチームによる対応が重要である旨のやり取りがありました。

第二部では、「今後の10年:国際協力の新たな方向性と挑戦」をテーマにJICA農村開発部の睦好次長より、JICAの役割として、1)JICA Innovation Quest(ジャイクエ)、JiPFAによるスマートフードチェーン分野などにおける産学官協働活動、アフリカ農業イノベーション・プラットフォーム構想への協力、産学官連携によるフードバリューチェーン強化に向けた協力とスマート化に向けた情報収集確認調査などのイノベーション発現、2)開発大学院連携プログラムの企画・実施やAgri-Net卒業生と日本の若手人材の交流促進を通じた人材育成、3)国際協力を通じた日本の地方創生・地域活性化に貢献手段として、熊本県との連携協定(通称:熊本モデル)、群馬県のJA邑楽舘林とインドネシアとの連携などの実施例、我が国の地方アクターと途上国アクターの結節点の場としての国内拠点の活用を上げ、農業分野のおける技術とニーズ、ビジネス、社会のそれぞれの結節点となるJICA筑波のTsukuba Agri-Tech Centre構想を紹介しました。

九州大学の緒方副学長より、「大学にとっての国際協力の意義と課題」として、国際協力に参加する大学の意義として、1)国際的大学間ネットワーク形成、2)大学運営における意義(外部資金の獲得、教職員の国際化、大学のブランド力強化)、3)大学組織における意義(国際貢献・大学国際化・学術的・経済的インセンティブ付与)、4)大学教員における意義(人道的・学術的・キャリア追求・経済的インセンティブ付与)が挙げられました。課題として、システムの課題(組織・体制・規則の強化の必要性)、人事の課題(国際協力に対応できる人材の育成)、コンテンツの課題(大学が提供できるシーズと途上国のニーズの一致)、時間(個々の学問・思想の自由を重んじる大学教員の特性上意思決定に時間を要する他、様々な業務に追われる現状)、JICA、途上国、海外の大学に対する成果の可視化向上の課題を述べられました。

パネルディスカッションにおいては、名古屋大学の江原センター長をモデレーターとして、「国際協力の新たな方向性と挑戦(イノベーション、人材育成、地方創生)」をテーマに九州大学・緒方副学長、三重大学・吉松副学長、帯広畜産大学・木田教授、九州大学・野村講師、JICA浅沼国際協力専門員、JICA農村開発部・伊藤次長が登壇しました。

最初に大学の国際協力に係る課題と工夫を議題として取り上げました。これについて伊藤次長より、国際協力・社会交流含む社会貢献において大学が役割を果たすためには個々人の教員の意欲に頼るのではなく、大学組織として如何に意義を見出すかが鍵であり、組織としてのメリットや教員個人の業績評価のあり方について継続な議論の必要性が指摘されました。

途上国のニーズに対応できる日本の人材不足の問題については、緒方副学長より、個々の大学に限定しないオープンイノベーションにより、JISNASやJiPFAなど、グループの壁を超えたコンテンツの確保、発信する情報の価値を高める方法による対応の提案がありました。

今回セミナーの重要な議題である地方創生・地域活性の手段は農業だけでなく、医学との連携である農福連携等も挙げられるが、どのように現場に展開していくのか、ジェイクエはその手段の一つとなりうるかとの江原センター長より問いかけがありました。これに対し、伊藤次長より、多様なバックグラウンドを持った人材の知見の融合による、従来からは想像もできないイノベーティブなアイデア生み出す仕掛けがジェイクエであるとの回答がありました。

フロアも交えたディスカッションでは、地方大学だからこそ国際協力が地方創生に役立つという意見も出ました。例として、都市への人材集中と地方の過疎化は世界共通の問題であり、他国の地方の経験や知見はそのまま日本の地方における課題解決に直結するケースや、逆に途上国の地方の人が日本の地方の取り組みからヒントを得て課題解決に取り組むきっかけになるケースが挙げられました。この意見について、JOCV帰国隊員と自治体・民間企業との交流会(キャリアフェア(注1))を生かし、地域解決コーディネーターなどとしてのキャリアパス形成を強化すべきとの提案も出されました。
(注1)自治体・企業がキャリアフェアに参加していただくためには原則として求人を提出していることが条件になります。キャリアフェアについてはJICA青年海外協力隊事務局人材育成課の進路相談カウンセラー(03-3269-9089)にお問い合わせ・ご相談いただけます。

人材育成について、若い研究者の減少により国際協力に係る持続性が心配される中、工夫された解決法を知りたいとの質問に対し、研究・教育以外の間接的な業務を将来的にはAIに処理させるなど成功事例を作ることが重要との意見が出ました。
また、大学の国際協力に関する人事強化として、国際協力活動の評価への反映されるために途上国で得た課題を論文にできる体制構築に係る提案も出ました。

イノベーション発現に関連し、大学教官が大学内に捉われず人材をコーディネートする役割を担うことの必要性についても意見が出ました。実例として、留学生が希望する研究テーマを、大学が扱っていなかった際に、その大学の教官が、該当テーマを扱っているメーカーに受け入れの依頼・調整を行い、研究活動を実現させたことが挙げられました。ただし実例のように教官個人の努力に頼るのは限界もあるため、研究テーマのマッチングを行う組織的な対応の早急な確立が求められる旨の提言も出されました。

最後に適材適所により人材資源を有効活用するデザイン力が求められており、そのための議論の場としてJISNASの活用やグローバル人材育成の取組みに関心のある大学とJICAの協働強化、ジェイクエの多様性を手段としたイノベーション発現への取り組みが再度強調されました。

閉会の挨拶では、京都大学農学研究科長の縄田教授より、1)持続性を担保するための組織的研究交流体制構築、2)大学による学術的価値(研究)と国際貢献(社会実装)の両立、3)留学生等を通じた人的ネットワーク構築、4)大学の社会的責任(USR:University Social Responsibility)に係る意識醸成の4点の重要性を今回フォーラムの総括として述べられ、3時間半のフォーラムを閉じました。

(注)フォーラム前半の写真についてはJISNAS事務局に使用許可を依頼し、快諾いただきました。この場を借りてJISNAS事務局に御礼申し上げます。

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開会の風景

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開会の挨拶をする山田上級審議役。
今回のフォーラムの論点として、大学における高度人材育成のみならず、産学官連携や技能実習生など地方創生に資する幅広い人材育成を挙げた。

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名古屋大学農学国際教育センターの江原センター⾧は、「JISNAS設立からの10年間:JICA-大学連携の成果と課題」をテーマとし、これまでの成果の総括と今後の課題(情報発信強化の重要性等)を述べられた。

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「大学側にとってのJICAボランティア事業の意義と課題」を講演される帯広畜産大学の木田先生。継続的なボランティア派遣が国の産業をも改善しうる事例や、異文化に接することによる価値観の多様性、柔軟な思考、限界を自覚した上でそれを乗り越える向上心の醸成など学生の成⾧について紹介された。

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「大学側にとってのJICA開発大学院連携・留学生事業の意義と課題」を講演される九州大学の野村先生。留学生と日本の社会の繋げ方など留学生受入の根本に係る提言、また⾧期的な評価やアウトカムなど評価の方法、留学生支援体制強化などの課題を述べられた。

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「地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)」を発表するJICAの浅沼国際協力専門員。日本の強みを活かした科学技術外交に大いに貢献していること、今後の課題・提言として「社会実装」の評価体制構築や成果発現の萌芽が見られる協力が終了した案件の支援の必要性、育成した途上国の研究組織の積極的活用を述べた。

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「国際協力の新たな方向性と挑戦に係るこれからの10年」をテーマに、人材育成に係るJICAの各種取り組みについて説明するJICA農村開発部・睦好次長。

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「大学にとっての国際協力の意義と課題」をテーマに、詳細な分析と提言を発表する九州大学・緒方副学⾧。この後のパネルディスカッションにつながる多くの話題を提供された。

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パネルディスカッション登壇者。
写真右より名古屋大学・江原先生(モデレーター)、九州大学・緒方副学⾧、帯広畜産大学・木田先生、九州大学・野村先生、三重大学・吉松副学⾧、JICA農村開発部・伊藤次⾧、JICA・浅沼国際協力専門員。

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パネルディスカッションにおける質疑応答の様子。人材育成を行う大学の組織強化に係る提案、地方創生への関与などについて情報・意見交換がなされた。