【インタビュー】モンゴル日本センター 前チーフアドバイザー 神谷克彦さん−豊富な人材を生かし長期的な関係を−

2015年10月14日

インタビューに答える神谷前チーアドバイザー

1990年の民主化以降、着実に市場経済へ移行してきたモンゴル。日本との人的交流が盛んな一方で、産業の多角化を念頭においた企業育成が大きな課題となっています。モンゴルの企業経営幹部の育成や日本とモンゴルのビジネス交流を通して同国の産業振興に尽力した神谷克彦さんに、在任中の取り組みを聞きました。

−モンゴル日本センターの現在の業務について教えてください。

ビジネス人材育成コースの模様

モンゴルは300万人の人口の半分が首都ウランバートルに住み、牧畜のほか、石炭・銅などの資源開発が主な産業となっています。製造業のすそ野が乏しいことが課題で、そうした状況を打開するためにも、高い経営ノウハウを持った人材を育成していく必要があります。

モンゴル日本センターでは、各種のビジネスコースを通じ、これまで約6,000人に経営指導を行ったほか、オンサイトでの企業指導やセミナーなどで、のべ約1万人に研修機会を提供してきています。こうした実績を生かしつつ、私の在任中は、現地企業のロールモデル、あるいは将来の日本企業のパートナーとなりうる企業を、集中的に育成することを目指しました。具体的には、経営者等のビジネスコース修了者のうち、成績優秀者を対象に日本研修を実施するとともに、その企業に対して継続的な経営指導を行いました。その結果、生産効率や収益に具体的な改善が見られた企業が育ちつつあります。特に、職場環境の改善を行う「5S」や、生産効率の向上を目指す「カイゼン活動」などの日本的経営手法を導入したことで、具体的な成果につながった企業は少なくありません。またセンターでは、継続的な経営指導の観点から、モンゴル人講師の育成にも力を入れてきました。

企業におけるオンサイトの指導

一方、モンゴルへの投資の可能性を探りたいとする日本の中小企業が増えていることから、センターでは、経営指導を通じて培った多くのモンゴル企業との信頼関係をベースに、日本企業向けのビジネス投資セミナーや企業交流会などを積極的に実施しました。これらをきっかけに具体的なビジネスにつながった例もいくつか出てきています。北海道や新潟県などはかねてからモンゴルとは交流関係がありますが、JICAや日本センターの支援により、新たなビジネスも生まれています。また最近では、静岡県や徳島県、千葉県などの企業からの関心も高まってきています。これら地方企業のチャレンジに際しては、私どもの支援もさることながら、人口比では世界一となるモンゴルから日本への留学生が、「水先案内人」としての役割を担っているのが特徴です。

−モンゴルでのビジネスチャンスには、どのようなものがありますか?

地方企業のモンゴル視察団へのモンゴル経済・ビジネス事情説明

モンゴルは2012年に一人あたりGDPが3,800ドルを超えたほか、人口ボーナス期を迎え、社会全体が活力に溢れています。また、中国とロシアに挟まれたモンゴルは、経済的には両国に多くを依存していますが、一方で日本の技術や品質には強い信頼をおいています。

とりわけ、野菜や果物の多くは中国から輸入されていますが、その品質や安全性に対して常に不安を抱いています。そのため、安心・安全で知られる日本の農業技術や農産品には強いニーズがあります。また、農業や物流は着実に雇用を生むこともあり、こうした分野での日本企業の進出は現地からも切望されていると同時に、日本企業にとってもチャンスがあります。

また、この国の地理的な特性を生かしたビジネスにも将来性があると思います。一例ですが、中国への輸出を念頭にウランバートル郊外で屋内型のエビ養殖に取り組んでいる日本企業があるほか、豊富な植物遺伝資源の利用可能性を探る試みも始まっています。人口や地理的な制約を考えると、東南アジアのような生産拠点や消費市場としての投資には限界がありますが、旺盛な海外留学熱を背景に、優秀な人材を豊富に有するモンゴルでは、食肉加工や羊毛といった伝統産業の高付加価値化、あるいは知識集約型のベンチャービジネスなどの可能性は非常に高い、と感じています。これらを指向する企業の進出にあたっては、これまでに培った人的ネットワークを生かしつつ、モンゴル日本センターがお役にたてることが多いのではないかと思います。

−今後に向けた課題はありますか?

モンゴルの産業育成の観点からは二点指摘したいと思います。

まず、一貫性・継続性のある産業育成政策が必要です。私の在任中に、この国の中小企業政策を担当する官庁は三回変わりました。また、企業規模や政策によって担当官庁が異なるなど、大変非効率な状態にあります。さらにマクロ経済が厳しさを増す中、企業の資金調達は極めて困難な状況が続いていますが、政府は有効な対策を採ることが出来ていません。産業の多角化を図る観点から、日本センターには、JICAとともにこれら政策官庁との連携を深め、中小企業振興全体の観点からの支援に取り組むことが望まれます。

一方、企業サイドについては、経営者の意識改革と企業組織の高度化が不可欠です。家族経営が主流を占めるモンゴルでは、消費者のニーズに目を向け、マーケティングを重視するという意識が経営者に乏しいのが実情です。同様に、人材育成を通じ企業幹部を育てることを大切にする風土にも欠けています。日本センターでは、まさにこうした課題に取り組んできましたが、さらに経営者の気づきを促す努力や工夫が必要でしょう。

日本とのビジネス交流についても、二点指摘しておきたいと思います。

日本の地方企業とモンゴル企業関係者との交流会

一点目は、投資促進に向けたモンゴル側の自覚です。日本とモンゴルは2015年に経済連携協定(EPA)を締結しましたが、モンゴル側には、日本企業の関心領域を把握し、投資を誘致するという意識が醸成されておらず、日本から来てくれるのを待っているのが現状です。日本センターも投資誘致に注力していますが、モンゴル関係者自らが、積極的で組織的な努力を重ねることが大切であろうと感じています。

二点目は、経済インフラの不足です。例えば、モンゴル政府は経済開発区の整備を進めるとしていますが、実際には投資国、すなわち中国任せなのが実情です。また例えば、ウランバートルではサプライチェーンや貯蔵施設が未整備のため、生鮮品がすぐに傷んでしまいます。そもそもこうしたインフラ整備は民間企業任せではなく、政府のイニシアティブが強く期待されるところですが、厳しい財政状況が足かせになっています。

このように多くの問題はありますが、中長期的な観点からの投資のポテンシャルは決して少なくないというのが、3年4か月にわたりモンゴルに住んでみて、私が感じた印象です。日本企業には、ローリスク・ローリターンの事業を着実に育てるところから、じっくりと長期的な関係を構築していただきたいと思います。また、そのためにも、優秀で信頼できる「水先案内人」との関係づくりを大切にしていただきたい。モンゴル日本センターには、そうした面でまさにワンストップの相談窓口としての役割を担っていってほしいと思います。