JICA緒方研究所

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ワーキングペーパー

No.87 The Benefits of Unification Failure: Re-examining the Evolution of Economic Cooperation in Japan

世界の援助行政を見渡すと、一部の国は特定の省庁に政府開発援助に関連する業務を集中させているのに対して、他の国々では業務が多省庁にまたがって分散しているのが分かる。日本は後者に属する国であり、それゆえにDAC (開発援助委員会)から批判の対象になってきた。援助行政は一元化されるべき、というのが国内外での「常識」だからである。一元化論があまりに支配的であったためであろうか、援助が多元的な省庁体制の下で実施されることのメリットについては、これまで分析対象になってこなかった。
 そこで本研究では、援助黎明期における1950年代から60年代の日本を対象にし、援助行政が多元的に構築されていった過程、特にその中でも特殊法人が果たした役割を考察する。特殊法人は、自ら経済協力を実施する体力をもたなかった政府に代わって、安定的に事業を行えるようにするための組織的工夫として立ち現れたもので、それが各省庁に作られることで、多様な民間とのネットワークが構築されていった。この工夫によって、民間企業は特殊法人から政府情報を獲得できた一方、政府は、特定の民間企業だけを支援できないという制約を克服できたのである。
 日本では複数省庁にまたがる援助体制が民間のリソースを広く動員する上でプラスの働きをし、援助大国へ向かうにあたっての裾野を広げる役割を果たした。この過程で設置された特殊法人の一部は後に形骸化し、天下りの温床として非難の対象になっていくが、そのことをもって日本援助の多元性や特殊法人の機能を否定すべきではない。援助行政の発達過程は、各国に固有の条件の中で考察されなくてはならならず、援助行政における一元化論についても、各国固有の文脈に照らして検証しなくてはならない。

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