【JICA-RIフォーカス 第41号】関麻衣研究員に聞く

2017年9月8日

開発の「包摂性」を実証ミクロ経済学で読み解く

JICA研究所は、開発協力大綱の重点課題「質の高い成長」に向け、キーワードである「包摂性」にインフラのインパクト評価がどのように貢献しうるのか、研究を進めています。その分析に携わる関麻衣研究員に、自身の強みであるミクロ実証分析を生かして取り組む教育や労働分野の研究、そして地方やジェンダーといった視点を取り込んだインフラの開発効果研究について聞きました。

■プロフィール
経済学博士。国際基督教大学教養学部、東京大学公共政策大学院経済政策コース、ウィスコンシン大学マディソン校経済学研究科博士課程を修了後、カナダ中央銀行シニアアナリストを経て、2015年6月から現職。研究分野は応用ミクロ計量経済学、労働経済学、教育の経済学。

経済学の視点から貧困問題にアプローチ

—ご自身の専門として経済学を選んだ経緯は?

振り返ると、父が青年海外協力隊としてザンビアに赴任していた経験があり、その関係で海外からの研修員を我が家にお招きすることもあったので、幼い頃から自然と海外に対して壁を感じないような環境でした。高校生のときに貧困問題に関心を持ち、アマルティア・センがノーベル経済学賞をとったニュースを知って「経済学って面白そう」と思ったのが最初のきっかけです。

大学で自分の専門分野を模索したとき、貧困問題を考えるには国際関係や法律といったさまざまな分野がありますが、私は経済学からアプローチしようと決めました。公共政策大学院ではミクロ経済学やマクロ経済学のアプローチを取り入れた政策分析など実践的な訓練を受けました。博士課程で最終的に労働経済学や教育の経済学を選んだのは、私自身にとって身近なものとして考えやすく、かつ政策上重要だと思ったからです。研究助手としてアメリカの子どもの貧困に関する研究プロジェクトに参加していたこともあり、貧困は開発途上国だけではなく、先進国の問題としても目を向けるようにしています。

前職のカナダ中央銀行では金融政策を担当する部署に所属し、少子高齢化が労働投入量や生産性を通じて潜在成長率に与える分析などに取り組んでいました。2009年の金融危機からの回復過程において、長期失業からくる就業意欲の消失、若年労働者のスキル・ミスマッチあるいは所得格差など新しいテーマに注目が集まった時期で、マクロから労働市場を考える視点を学びました。その後、やはり自分のミクロ実証分析の強みを生かしたいと考え、2015年にJICA研究所へ。それまで途上国のデータを扱ったことはありませんでしたが、私としては先進国と途上国というようにはっきり分けなくても、どこにでも政策課題は転がっていて、両方からお互い学ぶことがあるのではないかと考えています。

研究テーマとして関心を持ち続ける教育と労働

—長年、関心が高いという2つの分野の研究について教えてください。

BRACプライマリースクールで、公文式学習に真剣に取り組む子どもたち

経済成長と貧困削減には教育が大事な役割を果たすと思うので、ずっと興味を持ち続けています。現在進めている教育分野の研究は、2014年秋から株式会社公文教育研究会がバングラデシュのNGOであるBRACと連携し、BRACが運営するプライマリースクールに導入した「公文式学習」の学習効果の分析です。これは、公文式学習が教育の質の向上にどのように貢献できるかを検証するJICAのBOPビジネス連携促進事業でもあります。この研究では、自尊感情など学力以外の非認知能力に関する指標も取っていたので、より関わりたいと思いました。私は定量分析に基づく論文執筆を主に担当していますが、実際にBRACプライマリースクールを訪問し、教員や生徒たちの学校での様子や周辺の生活環境も見学しました。公文式学習は世界中の国に導入されて成果を出していますが、ここでもうまく学習効果が表れています。

また、BOPビジネス連携促進事業としての観点では、単に公文が途上国の高所得者層向けの教育を支援することになるだけではなく、貧困層の子どもが通うBRACプライマリースクールの生徒も公文式学習にアクセスできるようにビジネスモデルが検討されています。これがうまく定着すれば、日本の企業が途上国の市場に参入する際の進出の在り方が提示されるのではないかと思っています。教育が格差の是正に効果を発揮するには、どの層に届けるかが重要。最も教育を受けられていない層を取り残さないのがJICAやドナー側の使命だと思います。この研究はすでに一部の分析が終了し、2017年10月にワーキングペーパーを発行したほか、今後2本目も執筆する予定です。

もう一つ、関心が高いのが労働市場の分野です。現在取り組んでいる研究が「エジプトの若年失業、スキル・ミスマッチおよび学位インフレに関する分析」です。一部の途上国では、大学などの高等教育を受けても、それに見合った職に就けないという労働市場が問題となっています。特にエジプトでは、高等教育を受けた若者の失業が大きな社会問題に。同様の問題は先進国も抱えており、若年層の労働をどうするかは重要な政策課題です。すでに活用できるエジプトのデータがあるので、労働経済学のモデルをあてはめた構造推計をしたいと考えています。

エジプトの大学のマスプロ化などによる教育の質の低下という課題を解決するため、JICAはエジプト日本科学技術大学(E-JUST)プロジェクトを実施し、日本から大学の教員を派遣するなどして、理工学分野における人材育成と教育の質の向上を支援しています。データで分析した結果をJICAのプロジェクトに関連づけられるよう工夫したいと考えています。現段階では労働市場と高等教育政策につながりが見いだせるのではと思っています。この研究プロジェクトは2016年4月から準備を始め、現在、データ分析に取り掛かっているところです。実際に現地を見なければ分からないこともたくさんあるので、今後エジプトへのフィールド出張を行いたいと考えています。

インフラが地域格差や女性の教育・就労に与える影響を探る

—現在力を入れているインフラのインパクト評価に関する研究について教えてください。

インフラの開発効果をどう測るか。そのインパクト評価にはいろいろな分析方法がありますが、持続可能な開発目標(SDGs)が新しく設定される中で、ジェンダー、社会経済的背景、障害などの視点を取り入れた「包摂性」とインフラを組み合わせてインパクトを測ることが、JICAだからこそできる切り口だと考えています。そうしたエビデンス(科学的根拠)に基づいた開発政策を推進することは、限られたODAを最大限活用して効果を高め、そして納税者への説明責任を果たすためにも不可欠だと考えます。2016年3月には、これまでのインフラインパクト評価に関する研究をまとめた開発協力文献レビューを発表しました。現在は、JICAが支援しているモロッコでの地方道路の建設やインドの地下鉄デリーメトロの建設が、教育や女性の安全なインフラへのアクセスにどうインパクトを与えるか、分析に取り組んでいます。

モロッコでは道路局の職員と一緒に山深い地方道路沿線の村々を訪ね、生活の様子を聞いた関研究員(前列右)

まず、モロッコは非常に美しい国ですが、都市と地方では教育や医療に大きな格差があります。私がフィールド出張に行った地方の村の小学校には、女性の教員が単身赴任していました。とても遠隔地のため道路が整備されず、アクセスの悪さから彼女が自分の村に帰れるのは年に1回だけだそうです。そんな環境でも、彼女は教員としてやりがいを感じていましたが、教育省の人に聞くと、残念ながらすべての教員がそうではありません。最近は、教員が村に赴任するのではなく、逆に村の子どもたちが親元を離れて町の寮で暮らし、学校に通うほうが効率的ではないかという提案も出てきているそうです。

現在の砂利道をアスファルトで固めて整備すれば移動が容易になりますから、それがどう教育へインパクトを与えるか、定量的に評価したいと考えています。今回はJICA評価部と協力して、ベースライン調査で使用された質問票を元に、道路がアップグレードされた後のタイミングでのエンドライン調査を行っているのですが、このデータの質を管理するのが難しい。現地のコンサルタントにデータを集めてもらうのですが、求めているレベルが高いこともあり、フランス語という言語の問題もあり、直してもらえるまで根気強く何度も話し合いをしたのが大変でした。今後は衛星データや行政データを地図に落とす方法での追加分析も考えています。

また、JICAにとっても一大プロジェクトであるインドのデリーメトロについては、安全なインフラへのアクセス向上が女性たちの生活にどうインパクトを与えるかが研究テーマです。デリーはなかなか女性が安心して暮らせない街だと言われています。デリー交通局やUN Women、現地の女性などに話を聞くと、地下鉄が建設されたことで女性の移動は安全になったとされていますが、自宅からメトロの駅までの間にはまだ危険があるということでした。このラストマイルの接続をどうするか。その安全が確保されれば、女性が公共交通機関を使う頻度がより向上し、それにより学校の選択肢が広がったり、外で就労しやすくなったりするのかといったインパクトを分析しようと研究計画を練っています。

インフラのインパクト評価は私にとってまったく新しいテーマですが、自分の強みであるミクロ実証分析の手法を応用して取り組めることが分かり、自信にもなりました。JICA研究所に在籍することで、JICA内部や開発系国際機関の実務者や研究者から関連の最新情報を即時に得られる人的ネットワークにアクセスできていることもこの分野の研究に大いに役立っています。長期的に全体を見るマクロの視点も、地方やジェンダーといった特性ごとに開発効果を知るためのミクロの視点も持ち、バランスをとって分析することが研究の醍醐味だと思います。経済学の手法は難解でアカデミックすぎるという印象があるかもしれませんが、それは誤解です。最近の実証経済学の研究ツールは簡便で汎用性が高く、役立つものが多いのです。こうした最先端の実証経済学と政策を有効につなげる橋渡しの役割を積極的に果たしていきたいと考えています。