【JICA-RIフォーカス 第33号】山﨑泉研究員に聞く

2016年3月2日

フィリピンの教育改革による学力や雇用の改善効果を検証

フィリピンでは今、大規模な教育改革が進められています。10年間しかなかった基礎教育(初等教育および中等教育)の期間を、国際的に標準的な12年間に延長することがその大きな柱です。すでにモデル校では追加の2年間のプログラムが導入され、このうち技術職業高校の教育についてはJICAも協力しています。

中等教育段階での職業教育訓練の拡充は、学力の向上や雇用の改善につながるのか? この問いを主なテーマとした「フィリピンの中等教育における職業教育訓練-学校、卒業生、家計、労働市場に関する実証研究」を進めている山﨑泉研究員に、研究の目的や背景、期待できる成果、政策に与える影響などについて聞きました。

■プロフィール
専門は教育経済学。世界銀行コンサルタントや和歌山大学特任助教、神戸女学院大学非常勤講師を経て、現職。

中等教育における職業教育訓練期間の延長の影響を分析

-研究の背景や目的は?

多くの国が基礎教育(初等教育と中等教育)期間を12年としているなか、フィリピンはアジアで唯一、中等教育が4年間しかなく、基礎学力の向上や労働者の教育水準の引き上げなどが課題として指摘されていました。フィリピン政府は、基礎的な学力やスキル、生涯学習に必要な能力の育成、グローバル基準の高卒資格の提供、産業界のニーズに合致した教育の提供と雇用の創出を目的に、基礎教育期間を12年間とする「K to 12プログラム」という教育改革を進めています。

2016年度からフィリピン全国で中等教育が4年制から6年制に移行するのに先立って、2012年度からフィリピン教育局が指定したモデル校が新制度を開始しています。JICAは、モデル技術職業高校のうち4校をパイロット校として、「技術職業高校支援プロジェクト」を行っています。具体的には、教員の研修、機材の供与、学校ごとの活動計画の作成や、産業界との連携強化などの活動を支援しています。

この研究では、教育期間の延長がモデル技術職業高校の学生や卒業生にどのような影響を与えたのかについて、モデル校以外の学校とも比較しながら、調査・分析します。その結果は、フィリピン政府の今後の教育政策の立案に生かせると考えています。

卒業生2,200人とその家計/保護者、学校、企業から聞き取り

-調査の方法とその内容は?

聞き取り調査のため卒業生の自宅へ向かう調査員

中間調査は2015年の3月から8月にかけて、卒業生の自宅を訪問し、聞き取り方式で行いました。対象は、パイロット校4校を含むモデル技術職業高校11校と、モデル校以外の技術職業高校18校の計29校の卒業生約2,200人とその家計/保護者です。加えて各学校、企業の調査も行いました。

調査項目は、(1)卒業生の特徴:最終学歴、出身高校・技術職業課程、就業の有無、高校在学時のインターンシップへの参加日数など、(2)両親の家計の特徴:両親の最終学歴、家計の所得など、(3)学校の特徴:教員の学歴、産業界との連携度合いなど、(4)企業の特徴:社員の給料、社員に必要な学歴などを網羅し、何百項目にも及びます。フィリピンの教育局によると、フィリピンではこれまで大規模で詳細なモデル技術職業高校に関する調査は行われてこなかったとのことで、調査結果には同局も期待を持っているようです。これを教育経済学の手法で分析していきます。

教育経済学は、経済学の理論や分析方法を使って、教育に関する事象を分析する学問です。米国では50年以上の歴史がありますが、日本ではまだ研究者が少ない分野です。日本では、教育は数字では測れないとする見方もありますが、教育政策を立てる上で、限りある予算を効率的に配分するためには、実証的なデータ分析は重要だと考えます。

教育経済学の手法で学力や雇用の改善効果を分析

-具体的には何をどのように分析するのでしょうか?

経済学における生産関数では、資本、技術、人材、原材料などの生産要素を、どのような組み合わせで、どれくらい投入すれば産出量を最大化できるかを考えます。この生産関数の考え方を教育に適用したのが教育生産関数です。教育生産関数では、授業時間、教員の人数や質、設備、学級規模などの「学校投入物」と、家計(家族)、同級生、地域やコミュニティの特徴などの「非学校投入物」が、教育の成果(学力、雇用、所得等)にどのように影響しているのかを考えます。今回、教育生産関数を使って分析を進めているのは、モデル技術職業高校の11、12年生の学校の資源や教育の質が、生徒や卒業生にどのような影響を与えたかの検証です。研究では特に (1)学校と産業界との連携の程度、(2)教員や校長など管理職の特徴(学歴、経験年数、民間企業での経験など)、(3)教育への投資(予算)、などの学校投入物の影響を分析します。また (1)両親の最終学歴や所得などの家計の特徴や、(2)同じ学校の生徒の平均的な学力などの同級生の特徴、(3)コミュニティの平均所得などコミュニティの特徴の影響も考慮し、詳しく分析します。

さらに、12年生までモデル技術職業高校で教育を受けた卒業生の集団と10年生で高校を卒業した集団を比較し、教育の収益率(その後の所得への影響)、雇用確率や仕事の満足度にどのような差が出るかについて分析を進めます。

こうした研究を通じて、延長されたモデル技術職業高校での教育が、次の3つの側面にもたらした効果などを検証します。一つめは「教育達成度・職業能力へのインパクト」で、学校資源の投入が、学力、卒業・留年・退学率、国家試験合格者数などにプラスの影響を与えたかどうかを調べます。二つめは「雇用へのインパクト」で、就職率、賃金、就職先の満足度などを調べます。そして三つめの「主要な政策によってもたらされるインパクト」では、学校改善計画の実行や産学連携コーディネーター・就職カウンセラーの役割強化など、パイロット校の取り組みが、教育の達成度や就職率にプラスの影響を与えたかを検証していきます。

モデル技術職業高校12年生卒の男子の雇用にプラスの効果か

-現在進めている分析で見えてきたことは?

最終的な分析はまだこれからですが、暫定な分析の結果として、モデル技術職業高校で12年生まで教育を受けた卒業生へのプラスの影響は、男子の雇用で確認できました。男子の場合、溶接、自動車、機械など、製造業で必要とされる技能が習得されている効果が考えられます。これに対し、女子は、調理や料飲サービスなどのコースに進むことが多く、このことが雇用につながっていない可能性があります。今後、男女別のみならず、コース別に注意深く分析していく必要があります。

バスケットボールに興じるフィリピンの若者(写真:久野真一/JICA)

また、優秀な学生ほど11、12年生に進まずに就職したり、大学に進学したりする可能性もあり、さらには労働市場での成果がでるまでに時間がかかることも考えられます。正確な効果を測定するには、もう少し長期的かつ詳細にデータを見ていく必要があります。

さらに、特定の学校の卒業生の成果が高い場合、教育生産関数を使って、その理由を明らかにしていく必要があります。その差はコースの違いか、教員の質の違いか、インターンシップの日数や質の違いによるものなのか。分析を通じてより良い成果をあげていくには、学校が何に取り組めば良いのか、具体的に示唆できればと考えています。

JICAが支援するパイロット校では、技術訓練の授業に必要な設備の供与や、校長や教員の研修、各校の学校改善計画の作成の支援や、現地の日系企業をはじめとする産業界と連携してインターンシップを充実させたりするなどの取り組みを行っています。こうした取り組みが、他のモデル校と比較して高い雇用確率や所得などにつながっているかどうかについても、確認していきます。

見逃されてきた中等教育における職業教育訓練の価値

-職業教育訓練を実証的に研究する意義は?

近年、経済協力開発機構(OECD)などでも初期職業教育訓練への関心が高まっていますが、フィリピンに限らず、職業教育訓練の効果についての研究は世界的にも進んでいません。「普通教育は職業教育訓練よりも教育の収益率が高い」とする先行研究もあり、普通教育に比べて職業教育訓練は、学術的にも政策的に軽視されてきた歴史があるのです。政策立案者や研究者のなかで職業教育訓練を受けた人が少ないことも影響しているかも知れません。

日本は、高度経済成長期に産業界からの要望で、高校レベルの職業教育訓練を拡大させ、一定の成功を収めた歴史があります。日本の企業内職業訓練については国際的にもかなり知られていますが、正規教育における職業教育訓練の経験は、十分に認識されていません。今回の研究で得られた知見を国内外に発信することで、中等教育における職業教育訓練の意義や経済成長への貢献についても理解が促進される可能性があります。

教育には、生きていく力を高める力がある

-教育と「質の高い成長」との関係をどう考えますか?

私は、国際協力に関心を持ちながら、教育と経済が社会の基盤だと考えてきました。世界銀行勤務時に経済理論や計量経済学の政策分析への活用や、インパクト評価の存在を知り、経済学的なアプローチの有効性を実感する一方、教育に関しては、そうしたアプローチがまだ十分ではないと感じ、経済学的アプローチを通じて教育に貢献したいと教育経済学を専門にしてきました。

「質の高い成長」とのかかわりでいうと、教育には、包摂性(インクルーシブ)を実現する役割があります。具体的には、誰もが教育を受けることにより、包摂性の高い社会を実現することが可能であり、社会的格差の解消にもつながります。また、高度経済成長期の日本の例が示唆するように、職業教育訓練も成長に直接貢献する可能性があります。

もう一つ、教育には、強靭性・回復性(レジリエンス)の要素があると思います。教育を受けることで、何らかの大きな外的ショックがあっても生きていける力を身に付けられるのです。職業教育訓練を通じたスキルや、教育によって身につけた知識は、災害や紛争、経済ショックなどに見舞われても、働き続けられる力、生きる力になります。

今後も教育経済学をベースに、職業教育訓練や、学校運営に関する研究など様々な教育のテーマに取り組み、教育の強化につなげたいと考えています。